こんにちは。ToCo(トーコ)の不登校カウンセラー、竹宮です。
今日は「会話が苦手な人へ」というテーマで書いてみたいと思います。
私たちは、「会話が得意な人」のイメージに振り回されすぎている気がします。テンポよく返す、内容が面白い、誰とでもすぐ打ち解けられる……。そんな人を見ると、思わず「自分は無理だな」と感じてしまう方も少なくないのではないでしょうか。
でも、会話というのは本来、もっと多様で、もっと自由なものです。
今日はそのことを、少し違った角度から考えてみます。
参考:文部科学省「子どもたちの 未来をはぐくむ家庭教育」
目次
よくあるアドバイスが辛い理由
「会話が苦手です」と相談すると、決まって出てくるアドバイスがあります。
「練習あるのみですよ」
「数をこなせば慣れてきます」
「人前で話す機会を増やしましょう」
こうしたアドバイスが悪いわけではありません。ある程度の場数が自信につながることもあります。
でも、これらは“ある程度うまくやれること”が前提になっています。つまり、「とにかく実践!」というアドバイスは、実はある程度スキルや安心感がある人にしか届かない場合があるんです。
本当に苦手な人にとっては、「自転車の乗り方を教える代わりに、とりあえず坂道を下らせる」ようなやり方に感じられます。
「話さなきゃ」と思うほど話せなくなる
会話に苦手意識のある人ほど、「うまく話さなきゃ」「ちゃんと受け答えしなきゃ」と思いがちです。でも、そう思えば思うほど言葉が出てこない。頭が真っ白になる。自分が何を言いたいのかすらわからなくなってしまう。
これは、会話というものを「自分が何かをうまく表現する場」として見ているから起こる現象です。
でも、会話って本当に“自分をうまく表現するもの”なんでしょうか?
会話はもっとラフでいい
ここで、ちょっと違った視点を紹介したいと思います。
会話がうまくなりたいとき、「司会者のようになりましょう」と言われたらどう感じるでしょうか。たいていの人は無理だと思うはずです。ですが、「ネットサーフィンのように会話を楽しんでください」と言われたら、少しイメージが変わってくるかもしれません。
これは、あるエクササイズの話です。
複数人で会話をしているとき、その場に流れる話題や雰囲気を、「全部理解しよう」「全部追いかけよう」とせずに、「波乗り」のように乗ってみる。
相手の発言を“分析”するのではなく、ただ“受けてみる”。そして、自分の発言も“正解”を出そうとせず、軽く混ざってみる。
これは、少し遊びに似ています。
エクササイズとしての「会話の波乗り」
この会話の波乗りは、ちょっとしたエクササイズにもなります。
たとえば、こんなふうにしてみてください。
- 複数人の会話に、メモやスマホを使わずに加わる
- 誰が何を言ったかを全部記憶しようとせず、印象に残ったことだけを心にとどめる
- 発言の内容を“整理”しようとせず、あえてそのままにしておく
- 話すときに「意味のあることを言おう」としない
このとき大事なのは、「明確な目的」を持たないことです。
考えながら喋るのではなく、感じながら関わる。
つまり、「喋るために喋る」のではなく、「交わるために混ざる」感覚です。

自分の発言にこだわりすぎない
よく、「自分が何を言うか」にばかり気を取られる方がいます。
でも、会話において「何を言ったか」よりも大事なのは、「どうそこにいたか」だったりします。
たとえば、友人と雑談しているとき、何を言ったか一言一句覚えている人はほとんどいません。でも、会話の“雰囲気”や“空気感”は覚えている。
つまり、人との会話って、情報のやりとりだけではなく、空間を共有することでもあるんです。
「意味のあることを言わなければならない」という思い込みを手放してみると、少しずつ自分の中に余裕が生まれてきます。
「話をまとめよう」としない勇気
話しているとき、「何を言いたいのか分からなくなってしまう」と感じることはありませんか?
実はそれ、とても自然なことです。会話は原稿用紙に書く小論文ではありません。起承転結がなくてもいいんです。
むしろ、「ちゃんとまとめなきゃ」「分かりやすく伝えなきゃ」と思うと、逆に身動きが取れなくなってしまいます。
これは、料理を作るときに「見た目も味も完璧にしなきゃ」と思って、結局キッチンに立つのをやめてしまう感覚に似ています。
だからこそ、会話では「途中でもいい」「つながっていなくてもいい」という感覚が大切です。
会話の「対話モデル」に気づく
ここで、少し専門的な話をしてみます。
会話というのは、私たちが無意識のうちに選んでいる“対話の仕方”によって大きく変わってきます。この「対話モデル」は、人によってまちまちです。
たとえば、「きちんと整理してから話す」タイプの人もいれば、「とりあえず口に出しながら整理する」タイプの人もいます。どちらが優れている、という話ではありません。
でも、会話が苦手な人の多くは、「きちんと整理してから話すべき」というモデルに縛られていることが多いです。
一方で、親しい友人と話しているときは、「言葉にならないままでもとりあえず出す」「話しながら考える」ことが自然とできています。そこには“慣れ親しんだ対話モデル”が働いているわけです。
この感覚があると、少し気が楽になります。
「うまく伝えなきゃ」ではなく、「今の自分に合ったやり方で混ざってみよう」と思えるからです。
“考える”より“交じる”こと
少し極端な言い方かもしれませんが、会話がしんどいときには「考えるな、交じれ」という視点が有効です。
もちろん、無理に話す必要はありません。でも、「参加しないといけない」と感じる場面では、“何かを言う”よりも“そこにいる”ことの方が大事です。
会話というのは、本来「遊び」に近い側面があります。
ゲームのように、勝ち負けや正解があるものではなく、「どんなふうにその場に参加するか」を楽しむものです。
そう考えると、「ちゃんとしたことを言おう」「面白い話をしよう」という力みは、少しずつ手放してもいいのではないでしょうか。
実際にやってみるためのヒント
ここまで読んで、「それでも難しそう」と思う方もいるかもしれません。
ですので、最後に、実践しやすい形に落とし込んでみます。
次のような場面をイメージしてみてください。
複数人での雑談のときに試したいこと
- 誰かの発言を、無理に理解しようとしない
- 「あ、この人が○○って言ったの面白いな」と、軽く受け止めてみる
- 自分の番が来たとき、「とくにないんだけどね〜」と前置きして、思いついたことをぽつりと話してみる
- 「それ、ちょっと分かるかも」だけでも、立派な発言です

ポイントは、「内容」より「タイミング」と「混ざり方」に目を向けることです。
「うまく喋らなきゃ」を手放すと、他者が見えてくる
最後に、少しだけ本質的な話をします。
会話というのは、“自分を表現する場”のようでいて、実は“他者と共にいる場”でもあります。
つまり、自分の発言にこだわるということは、裏を返せば、他者の言葉や存在を「背景化」してしまうことにもつながります。
「ちゃんとしよう」とすればするほど、周りの人の声が聞こえなくなっていく。
逆に、「うまく喋らなくてもいい」と思えるようになると、不思議と周りの人の言葉が自然に入ってくるようになります。
会話がキャッチボールというより“水の流れ”に近いものだと気づける瞬間です。
まとめると
「会話が苦手です」と感じている方の多くは、話すことそのものよりも、「うまくやらなきゃ」「伝わらなきゃ」というプレッシャーに苦しんでいるように見えます。
だからこそ、「うまく伝えること」より「そこに混ざること」を意識してみてください。
話すときに力が入ってしまう人は、まず力を抜くところから始めてみてください。
そして、会話を“練習”ではなく“波乗り”のように捉えてみてください。
ToCoでは、不登校や学校生活への不安だけでなく、このような「人との関わり方の難しさ」にも、一緒に取り組んでいます。
家族や学校での対話をテーマに、話すことに少しずつ慣れていく支援も含まれています。
興味がある方は、サービス詳細をご覧ください。
会話が得意である必要はありません。
でも、「会話が怖くない」と思えるだけで、日常は少し変わります。
そんなふうに、ゆるやかに変化を感じられることを願っています。
ToCo(トーコ)について
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