不登校。それは、親にとっても子どもにとっても、日常を大きく揺るがす出来事です。「学校に行けなくなった」という事実に直面すると、多くの親御さんは動揺し、心のどこかで「どうしてこんなことに」と自問自答を繰り返すのではないでしょうか。特に母親である方々は、その責任感の強さから、「自分の育て方が悪かったのではないか」と自分を責めることが多いと感じます。
周囲の人からは「学校くらい行かせたらいいのに」「甘やかし過ぎなんじゃないの」といった無責任な言葉を投げかけられることもあるかもしれません。けれども、そういった表面的な理解のない言葉は、かえって親御さんの心を深く傷つけ、孤立感を増幅させるものです。
私は、これまで不登校や引きこもりの相談を専門に扱ってきた児童心理カウンセラーとして、数多くの親御さんとお話しし、子どもたちと向き合ってきました。その経験から、不登校という現象が単純な問題ではないことを痛感しています。そして、不登校のつらさは、一歩引いて「社会の問題」として見ることで、少しずつ明確な解決の糸口が見えてくることをお伝えしたいと思っています。
本稿では、不登校がもたらす親御さんの苦しみとその本質に触れながら、「つらい」と感じることを否定せず、次のステップに進むための道筋を示していきます。
①「脱落者のように見える子ども」という苦しみ
不登校の子どもを持つ親御さんの中には、無意識のうちに「わが子が社会から脱落してしまったのではないか」と感じる方も多いのではないでしょうか。周囲の子どもたちが当たり前のように学校に通い、部活動や習い事を楽しむ姿を見るたびに、胸を締めつけられる思いを抱えている方もいらっしゃるでしょう。
特に日本社会では、「学校に行くことが子どもの仕事」とされる考え方が根強くあります。そのため、学校に通えなくなった子どもは、「ルールから外れた存在」として見られがちです。親御さん自身も、どこかで「学校に行かせられない自分の責任」と感じ、世間からの目を過剰に気にすることがあります。
しかし、ここで考えたいのは、果たして学校に通うことだけが子どもにとっての一つの正解なのでしょうか。年間30万人以上の子どもが不登校になる現代の日本では、学校というシステムがすべての子どもに適応していないという現実があります。それは子ども個人の能力や性格に問題があるのではなく、むしろ現代の学校が、多様な子どもたちに対応しきれていない「構造的な問題」だと言えます。
「脱落者」というラベルを貼ることは、子どもの未来を狭めてしまうだけです。学校以外の環境や学び方、成長の仕方は無数に存在します。学校に戻ることを目標にするにしても、「学校が唯一の道」と思ってしまうことは強迫観念や子どもへのプレッシャーに繋がる恐れがあります。
ただし、学校が現在の日本の中では最も効率的で経済的な教育の場であることは事実です。矛盾しているようですが、フリースクールなどの安易な言葉に飛びつくことは、必ずしも最適な道とは限りません。
②「親の教育不足」と見られる苦しみ
不登校を経験すると、多くの親御さんが「自分の育て方が悪かったのではないか」と責められるような感覚にとらわれます。友人や親戚、学校の先生、時には近所の人たちからも、「どうして学校に行かないの?」と聞かれることもあります。その言葉に直接的な悪意がなかったとしても、それを耳にするたびに、親としての自信を削り取られるような気持ちになるものです。
特に母親に向けられる「教育不足」という視線は、非常に根強いものがあります。「もっと厳しく育てるべきだったのかもしれない」「自分の甘さが子どもをこうさせたのではないか」という思いが頭をよぎることは、決して珍しいことではありません。しかし、この考え方こそが、親御さんを精神的に追い詰め、不登校の解決をより困難にしてしまう要因の一つなのです。
ここで知っていただきたいのは、不登校が家庭の教育方針だけで決まるものではないということです。学校での人間関係、学習内容の過密さ、社会のストレスなど、子どもを取り巻く環境は非常に複雑です。不登校を引き起こす原因は、一つではなく、多くの場合、さまざまな要因が絡み合っています。
不登校の原因を解き明かすためには、親御さん自身が「教育不足」という枠組みから解放される必要があります。不登校は、特定の親の失敗ではなく、現代社会の課題そのものなのです。そのため、親御さんがまず自分を責めることをやめ、冷静な視点で問題を捉えることが、不登校克服の第一歩となります。
③「生活が子どもで占められる」という現実
不登校になると、子どもが学校に通っている時間に当たり前のようにできていたことが、すべて変わります。仕事をしている親御さんは、出勤時間の調整や在宅勤務への切り替えを迫られることもあるでしょう。専業主婦の方でも、子どもの不登校が家事やプライベートな時間に大きな影響を与えることは避けられません。
さらに、子どもが落ち込んでいるときには、どのように接して良いのか分からず、家全体の雰囲気が重苦しくなりがちです。子どもの気持ちを考えすぎるあまり、親御さん自身も精神的に疲弊してしまうことが少なくありません。「もうどうしていいか分からない」という状態に陥る方も多いのが実情です。
このような状況で、親御さんが自分の生活や感情をすべて子どもに合わせることは、必ずしも良い結果を生むとは限りません。むしろ、親が自分の生活を犠牲にし続けることで、かえって家庭全体のバランスが崩れてしまう場合もあります。子どもも、親の疲れた顔を見るたびに罪悪感を感じ、さらに心を閉ざしてしまう可能性があります。
このようなときに大切なのは、親御さん自身が心と生活の余裕を取り戻すことです。信頼できる家族や友人に相談する、カウンセリングを受ける、時には短時間でも一人の時間を作るなど、親自身が自分のケアを怠らないことが重要です。「親もつらい」という気持ちを周囲に認めてもらいながら、少しずつ問題に向き合うためのエネルギーを蓄えていくことが必要なのです。
つらさを認めたうえで、動き出す
ここまで、不登校の家庭が抱えるさまざまなつらさについてお話ししてきました。外から見えにくいこれらの苦しみを軽視することなく、まずは「つらいものだ」と認めることが大切です。周囲からの無責任な言葉に耳を貸さず、自分の感情を否定しないでください。
しかし、不登校の現実に向き合うとき、ただ嘆くだけでは何も変わりません。1週間、1ヶ月、1年と時間が過ぎる中で、状況が少しずつ悪化してしまうケースも少なくありません。そのため、つらさを受け入れたうえで、親子で一緒に少しずつ動き出すことが重要です。
たとえば、子どもが学校に通うことを最終目標とするのではなく、「どんな環境なら安心して過ごせるのか」を一緒に考えてみることが効果的です。フリースクールやオンライン学習など、選択肢を広げることで、子ども自身も「自分にはまだ道がある」と感じられるようになります。
また、学校側との話し合いも欠かせません。担任の先生やスクールカウンセラーと連携しながら、子どもの状態に合わせた対応を模索していくことが、長期的な解決につながります。
不登校は、決して簡単に解決できる問題ではありません。しかし、親御さんが自分を責めるのをやめ、周囲の支援を受け入れながら、子どもの個性に合った解決策を模索していくことで、少しずつ前進していくことができます。
「つらい」という感情を否定せず、そのうえで、親子で新しい道を歩む決意を持つ。それが、不登校という試練を乗り越えるための大切な一歩です。