私立だと「良い子」に育つ?その手前の家庭環境の重要性

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【医学・心理監修】

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こんにちは。臨床心理士の竹宮と申します。不登校に悩まれるご家庭の支援の他、臨床研究や事例調査も行っております。

「私立に通っているお子様は、礼儀正しくて落ち着いている」「人への配慮ができるお子様が多い」と感じた経験はないでしょうか。

私立には、学校ごとの教育方針や生活指導、宗教教育など、それぞれに特徴があります。そのため、学校の環境が子どもの成長に影響することはもちろんあります。

ただ、「私立だから良い子、良心的な子に育つ」と考えると、少し見落としてしまうものがあります。

それは、私立という学校を選ぶ以前に、そのお子様がどのような家庭環境で育ってきたかということです。

私立という選択の背景にある家庭の特徴

私立に通うお子様を見たとき、「私立の教育が優れているから、良心的な子に育ちやすい」と考えたくなるかもしれません。

しかし、私立に入学するまでには、家庭による学校選びがあります。学校説明会に足を運び、教育方針を調べ、通学時間や学習環境を検討し、学費を含めて長期的な計画を立てる。こうした過程には、一定の時間や費用、家庭からの関心が必要になります。

つまり、私立という結果だけを見るのではなく、その背景にある家庭のあり方にも目を向ける必要があります。

たとえば、子どもの教育について考える時間が多い家庭では、学校のことだけでなく、習い事、生活習慣、友人関係、将来の進路などについても、お子様の様子を見ながら考える機会が増えます。

ここで大切なのは、「私立に通わせる家庭だから良い家庭」という意味ではありません。

私立か公立かという学校種によって、家庭の温かさや親子関係が決まるわけでもありません。

むしろ、「子どもにどの程度の関心を向け、どのような関わりを積み重ねているか」という部分が、学校とは別に存在していると考えたほうが、お子様の発達を理解しやすくなります。

「良い子」は教育だけで作られるものではない

「人に優しくしましょう」「困っている人がいたら助けましょう」と教えることは、もちろん大切です。

ただ、お子様が人に親切にできるようになる過程を考えると、言葉による教育だけでは説明できません。

人に助けてもらった経験。

失敗しても関係が壊れなかった経験。

何かができたからではなく、自分自身を受け入れてもらった経験。

こうした日々の積み重ねによって、お子様の中には少しずつ「人は自分を大切にしてくれる」「自分も人を大切にしてよい」という感覚が育っていきます。

これは、単に「優しく育てましょう」という話ではありません。

子どもは、自分が周囲からどのように扱われてきたかを通して、人との関係について学んでいくからです。

たとえば、困ったときに親が一緒に考えてくれる家庭で育ったお子様は、「困ったときには誰かに相談してもよい」という感覚を持ちやすくなります。

反対に、困っていることを話すたびに叱られたり、親の反応を気にして話す内容を選ばなければならなかったりすると、「人に何かを伝えるときには、相手の機嫌を考えなければならない」という学習につながることがあります。

この違いは、学校で教えられる礼儀や道徳とは別のところにあります。

子どもは「人からどう扱われるか」を経験から学ぶ

ここで考えてみたいのが、「見返りを求めない人間関係」です。

たとえば、誰かに親切にしたとき、「何か返してもらえるから親切にする」という考え方もあれば、「困っているから手を貸す」という考え方もあります。

もちろん、現実の人間関係では、相互に助け合うことも大切です。何かをしてもらったら、お返しをするという感覚も社会生活には欠かせません。

ただ、人間関係のすべてを「自分が何かをすれば、相手から何かが返ってくる」という形で理解していると、少し苦しくなることがあります。

では、なぜそのような人間関係の捉え方になるのでしょうか。

一つの背景として考えられるのが、幼少期からの人との関わりです。

親の機嫌によって、話を聞いてもらえるかどうかが変わる。

良い成績を取ったときだけ認めてもらえる。

親の期待に応えたときには優しくしてもらえるけれど、期待から外れると強く否定される。

こうした経験が積み重なると、お子様にとって「人に受け入れてもらうためには、何かをしなければならない」という考え方が身につくことがあります。

これは、そのお子様の性格の問題ではありません。

その育った環境の中で、人との関係を維持するために身につけた理解の仕方と考えるほうが適切です。

ネグレクトは「愛情不足」だけでは説明できない

極端な例として、ネグレクトのように、養育者から十分な関心や世話を受けられない環境を考えてみます。

こうした環境では、お子様にとって「自分が大切にされること」が当たり前になりにくい場合があります。

食事や生活の世話、安心できる居場所など、本来は条件をつけずに与えられるはずのものが安定しないと、お子様は周囲の大人の反応を敏感に読む必要が出てきます。

「今日は機嫌がいいから話しかけても大丈夫そうだ」

「これをしてあげれば怒られないかもしれない」

「何か役に立たないと、自分はここにいてはいけないのかもしれない」

このような感覚が、人との関わり方の土台になってしまうことがあります。

その結果として、他人に親切にするときにも、「親切にしたから自分も大切にしてもらえる」という交換的な感覚が強くなることがあります。

ただし、ネグレクトを経験したお子様が必ずそのような人間関係を築くわけではありません。逆に、家庭から十分な愛情を受けているように見えるお子様でも、人間関係に強い不安を抱えることはあります。

重要な点は、家庭環境を単純な性格診断に使うことではありません。

「そのお子様が、人との関係をどのように理解するようになったのか」を考える材料として捉えることです。

「存在を認められる経験」が人との関係の土台になる

では反対に、自分の存在そのものを受け入れてもらえる環境では何が起こるのでしょうか。

たとえば、学校の成績が良くない日でも食卓を囲む。

失敗して落ち込んでいるときにも、親との関係が変わらない。

朝起きられなかった日にも、必要な生活上の対応を一緒に考える。

何か特別な成果を出したときだけではなく、普段の生活の中で声をかけてもらう。

こうした経験は、一つひとつを見ると特別なことではありません。

しかし、お子様にとっては、「自分は何かができるから大切にされているのではない」という感覚につながっていきます。

この感覚があると、人に親切にするときにも、「親切にしたら何かを返してもらえるか」という計算を必ずしも必要としなくなります。

困っている人がいれば助ける。

誰かが失敗していたら笑わない。

自分が嫌なことをされたら、それを嫌だと伝える。

こうした行動は、単に道徳を教え込まれた結果だけではありません。

「自分も大切にされてきた」という経験があるからこそ、「人も大切にしてよい」という感覚が自然に育つ側面があります。

実際、親からの温かい関わりと、お子様の向社会的な行動との関連を調べた研究も複数あります。ただし、これは「親が優しくすれば必ず良心的な子になる」という単純な因果関係を示すものではありません。お子様自身の気質や感情の調整、周囲の人間関係など、複数の要因が関係しています。

だからこそ、「良心的な子を育てるためには、この方法を実践すればよい」という話にはできないのです。

私立の教育より先に、家庭で何を経験しているか

ここまで考えると、「私立だから良い子、良心的な子に育つ」という見方が少し違って見えてきます。

学校の教育方針や環境が、お子様の成長に影響することはあります。

しかし、その前提には、学校に通うまでの家庭生活があります。

家庭でどのような会話をしているのか。

失敗したときにどのような反応を受けてきたのか。

親御様の期待に応えられなかったときにも、自分の居場所を感じられていたのか。

困ったときに誰かを頼ってよいと感じられていたのか。

こうした経験は、学校の教育方針とは別に、お子様の人との関わり方に影響します。

その意味では、「私立の子は良心的な子に育つのか」という問いよりも、良心的と呼ばれるような行動は、どのような経験の積み重ねから生まれるのか」と考えるほうが、本質に近づきます。

そして、この視点は不登校を考えるときにも関係してきます。

学校に行っているかどうかだけでは、お子様がどのような状態にあるのかは分かりません。

一見すると礼儀正しく、周囲の期待にもよく応え、学校でも問題を起こさないお子様が、家庭の中では強い緊張を抱えていることもあります。

反対に、学校に行けず、生活が乱れ、親御様への反発が強く見えるお子様であっても、その行動だけから「人との関係を築く力がない」と判断することはできません。

ここで見なければならないのは、表面的な「良い子・悪い子」という分類ではありません。

お子様がこれまでの人間関係の中で、何を学び、何を当たり前だと感じるようになっているのか。

次回は、この点をさらに不登校との関係から考えていきます。

特に、「親の期待に応えようとするお子様」と「自分の状態を優先するお子様」では、学校生活で負担が生じたときの反応がどのように異なるのかについて整理していきます。

「良い子」は無理をしやすい?

不登校について考えるとき、「真面目なお子様ほど不登校になりやすい」「頑張り屋のお子様ほど限界まで我慢する」といった説明を耳にすることがあります。

ただ、こうした説明だけでは、お子様の状態を十分に捉えられません。

大切なのは、「真面目だから不登校になった」と性格に原因を求めることではなく、そのお子様がこれまで周囲との関係の中で、どのように自分の気持ちや行動を調整してきたのかを見ることです。

たとえば、親御様の期待をよく理解し、学校でも先生の指示を守り、友人とのトラブルを避けようとするお子様がいたとします。

このようなお子様は、周囲から「しっかりしている」「手がかからない」と評価されることがあります。

一方で、自分が困っているときにも、「これくらいなら我慢できる」「周りに迷惑をかけたくない」と考えてしまう場合があります。

すると、負担が小さいうちは問題なく適応できても、学習、人間関係、生活リズム、進路への不安などが重なった段階で、急に学校へ向かうことが難しくなることがあります。

ここで見落としてはいけないのは、「良い子だったこと」が問題なのではないという点です。

むしろ、周囲に合わせる力や責任感は、お子様が持っている大切な力です。

問題になる可能性があるのは、「自分の状態を確認すること」と「周囲の期待に応えること」のバランスが崩れている場合です。

「期待に応えること」と「自分で選ぶこと」の違い

お子様の発達を考えるうえで、もう一つ大切なのが、自分で考えて選択する経験です。

親御様が教育について熱心に考えている家庭では、当然ながら、お子様のためにさまざまな選択肢を用意することがあります。

学校を選ぶ。

塾を選ぶ。

習い事を選ぶ。

生活リズムを整える。

将来の進路を考える。

こうした働きかけ自体に問題があるわけではありません。

むしろ、幼い時期のお子様にとって、周囲の大人が環境を整えてくれることは必要です。

ただ、成長するにつれて、「親御様が良いと思う選択」と「お子様自身が納得して選ぶこと」の間に差が出てくることがあります。

たとえば、「この学校があなたに合っている」「この勉強を続ければ将来困らない」と親御様が考えていても、お子様の中では別の負担が積み重なっているかもしれません。

そのとき、「せっかくここまでしてきたのだから頑張ろう」と考えることが、お子様にとっては「期待に応えなければならない」という意味に変わってしまう場合があります。

もちろん、親御様がそう伝えたつもりがなくても、お子様がこれまでの経験からそのように受け取ることはあります。

だからこそ、親御様の言葉だけでなく、お子様がその関係をどのように受け止めているかを見る必要があります。

不登校では「学校に行けるか」だけでは状態を判断できない

不登校になると、どうしても「いつ学校に戻れるか」という点に意識が向きます。

朝起きられるか。

制服に着替えられるか。

家を出られるか。

教室に入れるか。

もちろん、再び学校生活を送ることを考えるなら、こうした行動は大切な指標になります。ただ、それだけを見ていると、お子様の状態を見誤ることがあります。

たとえば、学校には行けていても、帰宅後はほとんど会話をせず部屋で過ごしている。

休日になると長時間眠っている。

友人から連絡が来ても返せない。

宿題や提出物が以前より進まない。

食事の時間が乱れている。

このような状態であれば、表面的には「登校できている」ように見えても、学校生活を維持するためにかなりの負担を抱えている可能性があります。

逆に、現在学校へ行けていないとしても、朝に決まった時間に起きる、散歩や買い物で外出する、家族と食事をする、好きな活動には集中できるなど、一定の生活機能が保たれている場合もあります。

つまり、「登校しているか、していないか」の二択だけでは、お子様の状態を十分に捉えられません。

家庭での安心感は「何でも許すこと」ではない

ここまで読まれると、「では、家庭ではお子様の希望をすべて受け入れればよいのか」と感じる親御様もいらっしゃるかもしれません。

しかし、安心できる家庭環境とは、何でも許される環境とは異なります。

生活には一定のルールがあります。

他者を傷つけないことも必要です。

学校や社会との約束を守ることも、成長するうえでは避けて通れません。

大切なのは、ルールを守れなかったときや、期待に沿えなかったときに、「自分自身が否定された」とお子様が感じないことです。

たとえば、スマートフォンの使用時間を決めることと、お子様の人格を否定することは別の話です。

朝起きる時間について話し合うことと、「起きられないあなたは駄目だ」と伝えることも別です。

学校へ行くことを前提に生活を整えることと、「学校へ行けないなら価値がない」と扱うことも違います。

この区別ができていると、親御様は必要な働きかけをしながら、お子様の存在そのものまで否定せずに済みます。

「愛情」と「要求」の両立

親御様の中には、「厳しく言ったら愛情が伝わらないのではないか」「優しくすると学校へ行かなくなるのではないか」と迷われる方もいらっしゃいます。

ここでは、愛情と要求を対立させる必要はありません。

「あなたのことは大切に思っている。そのうえで、生活については一緒に整えていきたい」

という関わり方は可能です。

お子様に必要な行動を求めながら、その行動ができなかったときにも親子関係そのものは維持される。

この経験があると、お子様は「期待に応えられなければ、自分は受け入れてもらえない」という理解から少し離れることができます。

ここは、不登校を考えるうえでも大切な点です。

学校に戻ることを目標としていても、「登校できたから認められる」という関係になってしまうと、登校そのものが親御様からの評価を得るための行動になる可能性があります。

一方で、登校できない日にも親子としての関係が続いていることが分かっていれば、学校に関する話を現実的に進めやすくなります。

自己肯定感は「褒めること」だけでは育たない

「自己肯定感を高めるために、たくさん褒めましょう」という説明もよくあります。

ただ、自己肯定感を単純に「褒められた回数」と考えるのは適切ではありません。

「テストで100点を取ったからすごい」

「一人で起きられたから偉い」

「学校へ行けたから頑張った」

こうした評価は、その行動を認めるうえでは意味があります。

ただし、それだけになると、「良い結果を出した自分には価値がある」という理解につながる可能性があります。

それよりも、自分の状態を言葉にできること、失敗してもやり直せること、誰かに助けを求められること、嫌なことに嫌と言えることなども、お子様の成長として捉える必要があります。

これは、学校へ行くことを軽視するという意味ではありません。

むしろ、学校生活を長く続けるためには、うまくいかないときに立て直す力も必要だからです。

家庭環境を見るときは「良い・悪い」で判断しない

ここまで家庭環境について述べてきましたが、親御様に「家庭環境を見直してください」と伝えたいわけではありません。

親御様自身も、それぞれの生活の中で仕事や家事、夫婦関係など、さまざまな事情を抱えています。

毎日理想的な関わりを続けることは、誰にとっても現実的ではありません。

むしろ大切なのは、「うちの家庭は良い家庭なのか、悪い家庭なのか」と評価することではありません。

お子様との間に、どのようなやり取りが繰り返されているのかを具体的に見ていくことです。

たとえば、

  • 失敗したとき、お子様は親御様に話せるか
  • 困ったとき、助けを求めてもよいと感じているか
  • 親御様の期待に応えられないとき、強い罪悪感を抱くか
  • 自分の希望を言葉にすることができるか
  • 何かができたときだけ親御様との関係が良くなると感じていないか

こうした点を見ていくと、「しつけができているか」「甘やかしているか」という二択では捉えにくかった、お子様の状態が見えてくることがあります。

まとめ

私立の学校には、教育理念や生活指導など、確かにさまざまな特徴があります。

しかし、「私立の子は良い子に育つ」という印象があるとすれば、それを学校教育だけで説明するのは難しいでしょう。

私立を選ぶ家庭には、教育に時間や費用をかける傾向があり、その家庭で日々どのようにお子様は扱われているのか。

自分が失敗したときにも関係が続くことを経験しているのか。

誰かの期待に応えられなくても、自分には価値があると感じられているのか。

こうした経験の積み重ねが、人との関わり方や自分自身の捉え方に影響します。

だからこそ、「良い子を育てるにはどうすればよいか」という問いよりも、「このお子様は、これまで人との関係について何を経験してきたのか」と考えるほうが、より具体的にお子様を理解できます。

不登校のお子様についても同じです。

学校へ行けないという一つの行動だけを取り出して、その背景を「甘え」「怠け」「学校への適応力不足」と決めつけることはできません。

そこには、それまでのお子様の経験や、現在置かれている環境、本人の気質、学校で求められていることなど、複数の要因があります。

そして、家庭はその中でも、お子様が日々繰り返し人との関係を経験する場所です。

学校へ行けるようにすることを考えるときにも、まず「このお子様は、親御様との関係の中で、自分自身をどのような存在として感じているのか」を捉えることが、遠回りに見えても大切な土台になります。

「私立だから良心的な子になる」のではありません。

学校に入るより前から、お子様は家庭の中で、人との関わり方や、自分がどう扱われる存在なのかを少しずつ学んでいます。

私立という環境に目を向けるだけでは見えてこない、その手前の経験こそが、お子様の人間関係や自己理解を考えるうえで欠かせない視点なのです。

参考元

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