静かな虐待:言葉の暴力と子どもの問題行動

「ちゃんとしなさい」「なんで同じ失敗するの」「他の子は出来ているよ」――。

幼少期に親からこのような言葉を投げかけられた経験があるかもしれません。あるいは、自分の子どもに同じような言葉をかけた経験があるかもしれません。これらの言葉は、一見すると子どものことを思っての注意に聞こえますが、子どもたちの心に深い傷跡を残し、その後の子どもの言動に対する大きな影響を将来にわたって与える可能性があります。

本論では、親のデリカシー(配慮、気遣い)のない言動が、子どもたちの心の発達にどのような悪影響を及ぼすのか、どのような問題が生じるのかについて、国内外の研究結果と事例を交えながら考察していきます。

親の言葉は、子どもの自己肯定感を左右する

 特に幼少期の子どもは、親を絶対的な存在として見ています。親の言葉は、子どもにとっての真理であり、自分自身を評価する基準となります。そのため、親から否定的な言葉をかけられると、子どもは「自分はダメな人間だ」と思い込んでしまうのです。

心理学の研究では、親の言葉が子どもの心の発達に与える影響が数多く報告されています。例えば、アメリカのハーバード大学の大橋恭子氏の研究では、言葉の暴力を受けた子どもたちの脳のネットワーク機能が低下し、精神疾患のリスクが高まることが明らかになっています。
また、アメリカの心理学者、キューブラー・ロスは、「愛するとは、相手の言葉に耳を傾けることである」と述べています。親を愛する(信じる、頼る)子どもにとって、親の言葉は人生の道標のように働きます。そして、その言葉が肯定的なものであれば、子どもは自信を持って世界に飛び出すことができるでしょう。逆に、否定的な言葉ばかりを浴びせられると、子どもは自己肯定感が低くなり、自信を失ってしまう可能性があります。

言葉の暴力を受けた子どもは、大人になっても「自分は価値がない」という思いを抱き続け、対人関係を築く上で困難を経験することが示されています。この自己肯定感の低さは将来にわたって様々な場面で、自信のなさや自己卑下といった形で現れることがあります。

自己肯定感が高い子ども、低い子ども

自己肯定感が高い子の特徴自己肯定感が低い子の特徴
行動面好奇心旺盛で新しいことに挑戦する傾向がある。失敗を恐れず、積極的に行動する。集団の中で意見を言いやすい。変化を恐れ、新しいことに挑戦しにくい。失敗を恐れて行動が制限される。集団の中で意見を言いにくい。
感情面楽しさや喜びを感じやすく、感情表現が豊か。ストレスに比較的強く、回復力が高い。悲しみや不安を感じやすく、感情を内に閉じ込める傾向がある。ストレスに弱く、なかなか立ち直れない。
対人関係友だちとの関係が良好で、広範囲な人間関係を築く。信頼関係を築きやすく、協調性がある。友だちとの関係が良好でないことが多い。信頼関係を築きにくく、孤立しがち。
学業面学習意欲が高く、目標に向かって努力できる。失敗しても立ち直り、次のステップへ進むことができる。学習意欲が低く、目標達成が難しいと感じる。失敗を恐れて、挑戦することを避ける。
自己認識自分の強みと弱みを客観的に捉え、自己成長に繋げることができる。自分の意見をしっかりと持っている。自分のことを否定的に捉えがち。自分の意見を言えず、周囲に合わせようとする。

上の表で示されるように、自己肯定感の高さによって子どもたちの様々な側面に違いが見られることがわかります。

自己肯定感が高い子どもは、一般的に積極性、楽観性、良好な対人関係といった特徴を持ち、困難にも立ち向かう力が強い傾向にあります。一方、自己肯定感が低い子どもは、消極性、悲観傾向、対人関係の悩みを抱えやすく、困難に直面した際に、それを乗り越えるのが難しい傾向にあります。

自己肯定感が低い子どもはいじめの加害者になりやすい

 自己肯定感が低い子どもがいじめの加害者になりやすいという話は、一見矛盾するように思えます。しかし、心理学の研究や臨床例から様々な要因が因果関係として繋がっていることが明らかになっています。

自己肯定感が低い子どもが加害者となる要因として、以下のようなことが考えられています。

  • 自己肯定感を満たすための代償行動:
    自己肯定感が低い子どもは、自分自身に価値を見出すことができず、心のどこかで「自分はダメな人間だ」と感じています。このような状態では、自分自身を肯定するために、他者を攻撃したり、貶めたりするような行動に出てしまうことがあります。これは自己肯定感を満たすための「代償行動」に当たります。
  • 劣等感からの攻撃性:
    自己肯定感が低い子どもは、周囲の人と比べて劣っていると感じ、強い劣等感を抱いていることがあります。この劣等感を隠すために、攻撃的な態度をとったり、いじめを行ったりするケースも考えられます。
  • 不安や恐れからの行動:
    自己肯定感が低い子どもは、不安や恐れを感じやすく、それが攻撃的な行動に繋がることもあります。例えば、自分が仲間はずれにされることを恐れて、先に相手を攻撃してしまうといったケースが挙げられます。
  • 共感性の欠如:
    自己肯定感が低い子どもは、他人の気持ちに共感することが苦手です。そのため、いじめによって相手がどれほど傷つくのかを理解することができず、結果として加害行為に及んでしまうことがあります。

親の言葉の暴力は、なぜ起こるのか?

 言葉の暴力は単なる感情の爆発ではなく、その背後には複雑な心理メカニズムが潜んでいます。一つの要因として考えられるのは、親自身の育てられ方です。もし親自身が子どもの頃に言葉の暴力や身体的な虐待を受けて育った場合、その経験が大人になってからの育児に影響を与える可能性があります。いわば悪循環が繰り返されてしまうのです。

また、親の性格やストレスも大きな要因となります。完璧主義で常に高い目標を子どもに求める親、あるいは、仕事や人間関係でストレスを抱えている親は、些細なことで子どもに当たってしまうことがあります。さらに、社会的な孤立感や経済的な困難なども、親のストレスを増幅させ、言葉の暴力につながる可能性があります。

では実際の研究では、どのような関連性が明らかになっているのでしょうか。

  • 世代間の暴力の連鎖:
    前述したように、親が子どもの頃に経験した暴力は、その親が親になったときに子どもに対して同じような暴力を行う可能性を高めるという研究結果が数多く報告されています。
  • 親のストレスと子どもの暴力:
    親のストレスが、子どもの攻撃性や問題行動と関連するという研究も数多くあります。特に、経済的な困難や夫婦関係の悪化は、子どもの問題行動に強い影響を与えることが知られています。
  • 親の育児に関する知識不足:
    育児に関する知識やスキルが不足している親は、子どもとのコミュニケーションがうまくいかず、言葉の暴力に訴えてしまうことがあります。

言葉の暴力を子どもに振るわないために親ができること

 「なんでいつも片付けられないの!」と子どもに怒鳴ってしまう。そんな経験はありませんか?
こうした言葉が、子どもたちの心に深い傷跡を残しているかもしれません。まずは、自分が普段子どもに対してどのような言葉をかけているのか、意識的に振り返ることが大切です。
育ってきた環境や性格によって、つい言葉が出てしまうパターンがあるかもしれません。例えば、厳しく育てられた経験がある人は子どもにも同じように厳しく当たってしまうことがあります。
自分の発した言葉遣いに注意を向けることで客観的に自身の傾向を把握し、改善点を見つけることができます。

対策1. 深呼吸と心の余裕を持つ

子どもに対してイライラしたり怒りを感じたりした時は、子どもに何かを言う前に深呼吸をしてみましょう。感情的な状態で言葉を発すると、後悔するような言動をしてしまうことがあります。
深呼吸をすることで、冷静さを取り戻し、客観的に状況を判断できるようになります。また、子どもと向き合う前に、お茶を飲んだり、少し散歩に出かけたりするなど、心の余裕を持つことも大切です。

対策2. 言葉を選ぶ

子どもに何かを伝えたい時は、言葉を選び、丁寧に話すように心がけましょう。例えば、「宿題をやらないの?」と責めるのではなく、「宿題は終わったかな?何か困っていることはある?」と優しく声をかけることで、子どもは安心して相談できるようになります。
また、否定的な言葉ではなく、肯定的な言葉を使うことも効果的です。「できない」ではなく「できるようになりたいね」というように言葉を変えるだけで、子どものやる気は180度変わります。

「いつも部屋を片付けないから、あなたはだらしない」→「部屋がきれいだと気持ちがいいよね。一緒に片付けようか」
「なんでいつも失敗するの!」→「次はうまくいくよ。一緒に考えてみよう」

対策3. 感情表現を学ぶ

親も人間なので、怒りやイライラを感じることは当然です。大切なのは、その感情を子どもにぶつけるのではなく、適切な方法で表現することです。
例えば、「今、お母さんはとてもイライラしている。少し落ち着くまで待ってほしい」と正直に伝えることもできます。子どもは、親も完璧な人間ではないということを理解し、より深い信頼関係を築くことができるでしょう。

そして言葉の暴力の問題を根本的に解決するためには、子どもとの良好な関係を築くことが不可欠です。一緒に遊ぶ時間を作ったり、子どもの話をじっくり聞いたりすることで、信頼関係を深めることができます。
また、子どもの良いところをたくさん褒めることも大切です。小さなことでも良いので、具体的に褒めることで、子どもの自信につながります。

まとめ

 言葉の暴力は、子どもたちの心に深い傷跡を残し、将来にわたって大きな影響を与える可能性があります。しかし、言葉の暴力は、意識することで防ぐことができます。
親は、子どもとのコミュニケーションを大切にし、温かい言葉をかけてあげるように心がけましょう。また、自分の感情をコントロールし、子どもとの良好な関係を築く努力を続けることが大切です。
言葉の暴力は、子どもたちの未来を奪う可能性のある深刻な問題です。私たち一人ひとりが、この問題に対して意識を持ち、行動することが求められています。
子どもたちを健やかに育むために、今できることを一つずつ実践していきましょう。

参考論文

Child Maltreatment in the United States: Prevalence, Risk Factors, and Adolescent Health Consequences
Jon M. Hussey, PhD, MPH; Jen Jen Chang, PhD, MPH; Jonathan B. Kotch, MD, MPH

Childhood inter-parental violence exposure and dating violence victimization among 20-24 years old undergraduates in Dar es salaam
EN Helela – 2017 – dspace.muhas.ac.tz


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