親の愛情の過不足は、子どもが決める

「こんなに愛しているのに、どうしてこの子はわかってくれないのだろう?」

不登校や引きこもりの子どもを持つ親御さんが抱える苦悩の中で、このような問いは決して珍しいものではありません。愛情を注いでいるという自負もある、子どもを思い、学校に戻れるよう願っている。それでも、子どもの心が離れていく感覚に戸惑い、時に親自身が深く傷ついてしまう。

私は、不登校や引きこもりの相談を専門とする児童心理カウンセラーとして、長年こうした親子と向き合ってきました。その中で感じるのは、親の愛情と子どもの反応がすれ違う瞬間にこそ、問題の根が隠れているということです。そして、そのすれ違いは単純な誤解ではなく、「親の愛情の過不足」が原因であることが少なくありません。

親の愛情は、いわば自転車の補助輪です。子どもが自分でバランスを取り、漕ぎ出せるようになるまで支えるもの。しかし、その補助輪がいつまでも外れなかったり、反対に早々に外されてしまったりすると、子どもは転び、立ち上がる力を失ってしまうかもしれません。では、どうすれば適切なタイミングで補助輪を調整できるのでしょうか?

本稿では、親の愛情が子どもにどう影響を与えるのか、そしてその愛情をどう調整すべきかについて考えていきます。子育てに悩む親御さんにとって、新たな気づきと視点を提供できることを願っています。


愛情の形が子どもを縛るとき

母親の苦悩

Aさんは、私のカウンセリングルームを訪れたとき、目に涙を浮かべながらこう話しました。

「私は、この子が赤ちゃんの頃から、全力で愛してきたつもりなんです。でも、中学生になったあたりから反抗的になり、ついに学校に行けなくなりました。どうして、私の愛情が届かないのでしょうか?」

Aさんの言葉には、自分の子育てに対する自信と、それが否定されたように感じる痛みが滲んでいました。彼女の息子さんは、中学2年生。成績優秀で、小学生の頃までは親の期待に応えるように頑張っていました。しかし、成長するにつれ、母親の言葉に素直に従わなくなり、最終的には学校に通えなくなってしまったのです。

「私は悪い母親だったのでしょうか?」と問いかける彼女の姿は、私の心に深く刻まれました。しかし、この問いの裏には、ある重要なすれ違いが隠れていました。それは、「親が注ぐ愛情の形」と「子どもが求める愛情の形」が違っていたことです。

愛情の過剰が子どもを追い詰める

Aさんは、息子が小さい頃から「この子の将来を思って」という言葉をよく口にしていました。宿題をきちんとやらせ、習い事にも通わせ、テストの結果を確認して次のステップを考える。いわゆる「熱心な母親」でした。しかし、息子さんにとって、この「熱心さ」は次第にプレッシャーとなり、自分の気持ちを押し殺す習慣を生むきっかけとなっていたのです。

息子さんが学校に行けなくなった背景には、「親の期待に応えることでしか、自分の価値を証明できない」という考えが根付いてしまったことがありました。親が愛情をもってサポートしていたつもりでも、子どもはその愛情を「自分を支配するもの」と感じることがあります。

不足する愛情がもたらす孤独

愛情不足の家庭環境

一方、別のケースでは、愛情の不足が子どもを不登校に追いやる要因になった例もあります。Bさんの家庭では、両親共働きで多忙を極めていました。小学生の娘さんは、学童保育に通いながら、一人で過ごす時間が多かったと言います。

娘さんは次第に「お母さんが忙しいのは仕方がない」「自分が手のかからない子でいれば、迷惑をかけずに済む」と考えるようになりました。これが表面化したのは中学生になってからでした。「学校に行きたくない」という言葉は、実は「自分は愛されているのか?」という問いだったのです。

子どもの孤独感

子どもが「自分は親から注目されていない」と感じると、心に孤独感が生まれます。特に思春期の子どもは、自分の存在価値を親からの愛情を通じて確認しようとするものです。この孤独感が蓄積すると、やがて心が萎縮し、社会に向かう力が失われてしまいます。

Bさんの娘さんは、最終的に「学校に行けない」と自分の状況を言葉にできるようになるまで、多くの時間を費やしました。その過程で彼女は「親に迷惑をかける自分」を嫌い、ますます内向的になっていったのです。

愛着障害という目に見えない影響

愛情の過不足が長期間続くと、子どもの心に「愛着障害」という深刻な影響が生じることがあります。愛着障害は、幼少期に親との安定した信頼関係が築かれなかったことによって生じる心の問題です。

愛着障害が生む困難

愛着障害を持つ子どもは、次のような特徴を示すことが多いです。

  • 他者に対する強い不信感
  • 過度な自己防衛
  • 対人関係の構築が困難
  • 自己否定的な思考

例えば、C君は、小学生の頃から親との関係が不安定でした。母親は、彼が幼少期に育児ノイローゼを経験し、彼との距離を取ることが多かったと言います。その結果、C君は「自分は誰からも愛されていない」と感じるようになり、不登校だけでなく、クラスメイトとの交流にも問題を抱えるようになってしまいました。

親子の愛情のイメージ

子どもの声に耳を傾ける

愛情の過不足に気づくためには、親が子どもの声に耳を傾ける姿勢が必要です。しかし、子ども第四章:子どもの声に耳を傾ける

親が子どもの愛情の「適量」を見極めるために、何より重要なのは「子どもの声に耳を傾けること」です。しかし、子どもの声とは、必ずしも言葉として分かりやすい形で発せられるものではありません。むしろ、態度や行動の変化、時に沈黙さえも、親へのメッセージである場合が多いのです。

子どもが発する「見えない声」

親の愛情が適切でないとき、子どもは無意識のうちにサインを発します。たとえば、不登校や引きこもりという行動自体も、実は「自分を見てほしい」「自分の気持ちに気づいてほしい」という叫びであることが少なくありません。

中学1年生のD君は、学校に行きたくない理由を何も話さず、部屋にこもるようになりました。親御さんが心配して声をかけても、「うるさい」と言って顔を背けてしまう。両親は、「この子は何も考えていないのではないか」と不安になり、時には怒りを爆発させてしまいました。

しかし、D君が実際に感じていたのは、「自分の気持ちを分かってもらえない」という孤独感でした。母親が「学校に行きなさい」と繰り返すたびに、「自分の苦しさに気づいてくれない」という思いが膨らみ、彼はますます心を閉ざしていったのです。

子どもの態度や行動に隠れた意味

子どもが発する「声」をキャッチするためには、親は子どもの態度や行動の背景にある感情を想像する必要があります。例えば、以下のような行動が見られた場合、それは子どもの心の叫びである可能性があります。

  • 親の顔色を伺う
    「自分が親に負担をかけているのではないか」と感じ、親を怒らせたくないと考えている可能性があります。これは、愛情が過剰になりすぎてプレッシャーを与えているサインです。
  • 些細なことで嘘をつく
    「親の期待に応えられない自分を隠したい」という気持ちが背景にあるかもしれません。子どもがこうした態度を取る場合、親が「完璧」を求めすぎていないかを振り返る必要があります。
  • 何を聞いても無反応である
    親の愛情が不足し、関心を向けられていないと感じている可能性があります。「どうせ何を言っても無駄」と思い、表現を諦めてしまっている場合もあります。

これらの行動が見られるとき、親としての対応を変えるタイミングだと受け止めることが大切です。

沈黙の時間も「耳を傾ける」姿勢

子どもがすぐに本音を話さない場合もあります。しかし、無理に言葉を引き出そうとするのは逆効果です。むしろ、親が「話してもいい」「話したくなったらいつでも聞くよ」という雰囲気を作ることが、子どもの心を開く第一歩となります。

例えば、D君のケースでは、母親が「学校に行かなければ」という焦りを一旦手放し、「お母さんはただ、あなたが元気でいてくれるだけで嬉しいよ」と声をかけました。それを聞いたD君は最初こそ反応を示しませんでしたが、しばらくしてから「ちょっとだけ話してもいい?」と切り出し、学校で感じていたストレスや不安を打ち明けてくれました。

このように、子どもの沈黙の時間も「耳を傾ける」一環として受け入れる姿勢が、親子関係を改善するための鍵になります。

愛情の調整は双方向の対話から

親が子どもの声を聞き取ろうとすることは、愛情の調整に直結します。そして、調整とは「子どもの声を受け止めた上で、親も自分の気持ちを正直に伝えること」です。

例えば、「あなたのためを思ってあれこれ言ったけど、少し押し付けすぎてしまったかもしれないね」と素直に話すことで、子どもは「親も自分を理解しようとしている」と感じます。こうした双方向の対話が愛情のバランスを整える基盤となります。

子どもが安心して話せる環境を

最後に重要なのは、子どもが「自分の気持ちを話しても大丈夫だ」と感じられる環境を作ることです。これは、親が無条件の愛情を示すことによって初めて可能になります。子どもが間違えたり、学校に行けなかったりしても、それを責めるのではなく、「どんなあなたでも愛している」というメッセージを伝えることで、子どもは親に心を開くことができるのです。

「子どもの声に耳を傾ける」というのは、単に「話を聞く」こと以上に、子どもの感情やサインを受け取り、そこから愛情を再調整するプロセスそのものです。そのプロセスがあって初めて、親子の愛情は互いにとって適切な形へと進化していくのです。

最後に:愛情のバランスを模索し続ける

結局のところ、「親の愛情の過不足は、子どもが決める」という言葉が示すように、愛情は一方的に与えるものではなく、双方向で形を変えるものです。親として完璧である必要はありません。大切なのは、子どもの反応に目を向けながら、愛情を調整する努力を続けることです。

そして、一人で悩まないことを心に留めてください。専門家や信頼できる仲間とともに、子どもとの未来を切り開いていくのです。親子で共に成長する道を歩み続けましょう。

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