親の言葉が子どもに伝わらない訳

親として、日々子どもに向き合う中で「どうして伝わらないのだろう」と悩む瞬間は、どんな家庭でも一度は訪れるものです。特に、不登校や引きこもりといった問題を抱える子どもを持つ親御さんにとって、この「伝わらない」という壁は非常に重く感じられることでしょう。「学校に行ってほしい」「少しでも前向きになってほしい」「なんとか状況を改善したい」という思いを込めて言葉をかけているにもかかわらず、その言葉が届いていないように感じられる――その苦しさは私も日々、多くの親御さんから聞いています。

私自身、不登校や引きこもりを専門とする児童カウンセラーとして、親子間のコミュニケーション問題に深く関わってきました。この「言葉が伝わらない」という問題には、多くの原因が複雑に絡み合っています。そして、原因を正確に理解しないまま言葉を投げかけても、状況が好転することは少なく、むしろ親子間の溝を深める結果を招くことさえあります。本稿では、親の言葉が子どもに伝わらない「3つの理由」を掘り下げ、親子のコミュニケーションの質を改善するためのヒントをお伝えします。


理由1:言葉は「そのまま」伝わるものではない

私たちは普段、言葉を交わす際に「相手にそのままの意味で伝わるだろう」と考えがちです。特に、親が子どもに声をかけるときには、その言葉が意図通りに受け取られ、理解されることを当然視してしまうことがあります。けれども、実際には「そのまま伝わる」ことは非常に稀であるという現実をまず理解する必要があります。

言葉のズレ:同じ言葉が異なる意味を持つ

具体例を挙げてみましょう。親が「明日の準備はできたの?」と尋ねたとします。この言葉の中に、親としてはさまざまな意図が込められています。明日の授業のための教科書やノート、筆記用具、そして宿題がきちんと揃っているかどうか――そうした「準備」の全体像が当然のように含まれているはずです。しかし、子どもにとっての「明日の準備」とは、単に「明日学校があることを知っている」程度の認識であったり、カバンを部屋の片隅に置いただけで「準備ができた」と感じてしまうことがあるのです。

親と子どもの間で、このようなすれ違いが起こるのはなぜでしょうか。それは、私たち一人ひとりが「スキーマ」と呼ばれる独自の認識の枠組みを持っているからです。スキーマとは、過去の経験や知識、価値観に基づいて作られる思考のフィルターのようなものです。親と子どもでは、これまでの経験の質や量が大きく異なるため、同じ言葉を聞いてもその解釈が大きくずれることがあります。

スキーマの違いがすれ違いを生む

たとえば、親が「計画を立てなさい」と言った場合を考えてみます。親にとっての「計画」とは、目標を定め、その目標に向けた具体的な行動を段取りよく組み立てることを意味します。一方で、子どもにとって「計画を立てる」とは、「やりたいことをとりあえず頭の中で思い浮かべる」程度の曖昧なものかもしれません。このズレは、子どもの経験値や思考の幅がまだ狭いことに起因しています。

特に不登校や引きこもりの子どもたちは、自分の失敗体験やトラウマから、否定的なスキーマを形成していることが少なくありません。「自分はどうせダメだ」「何をやっても意味がない」という思い込みが強い場合、親がどれだけ励ましや助言をしても、その言葉が肯定的に受け取られることは難しくなります。むしろ、「また怒られるかもしれない」「無理なことを押し付けられる」という恐れの感情が先に立ち、親の言葉が意図した以上にネガティブに受け取られることもあります。

このようなスキーマの違いを理解せずに、ただ「もっとしっかり準備しなさい」「ちゃんと聞いてくれないから伝わらないんだ」と感情的になると、親子間の信頼関係が損なわれる可能性があります。逆に、この違いを理解し、子どもの認識の枠組みに合わせて言葉を選び直すことで、伝わる確率を大きく高めることができるのです。

伝わるためのヒント

言葉がそのまま伝わらないという現実を踏まえた上で、親御さんが意識すべきことがあります。それは、具体的でシンプルな言葉を使い、子どもの認識の枠組みを少しずつ広げていくことです。たとえば、「明日の準備をしなさい」と言うのではなく、「宿題が終わっているか確認してみよう」「明日の授業で使う教科書はカバンに入れた?」といったように、具体的な行動を一つずつ確認する形に変えるだけで、子どもが受け取る情報は大きく変わります。

また、子どもが「準備ができている」という答えを返したときには、「どんな準備をしたのか教えてくれる?」と尋ねることで、子どもの認識を明確にすることができます。このように、具体的で丁寧なコミュニケーションを心がけることが、親の言葉を伝える第一歩となるのです。


理由2:情報の優先順位が違うという現実

親御さんが「重要だから聞きなさい」と一生懸命に伝えているにもかかわらず、子どもはその瞬間にスマホや漫画、ゲームに夢中になっていてまるで話を聞いていない。こんな場面は、多くの家庭で日常的に見られる光景ではないでしょうか。このとき、親御さんは「どうしてこんなに大事な話をスルーできるの?」と感じるかもしれませんが、子どもにとってはその瞬間に夢中になっていることが、親の言葉よりも重要だと感じられているのです。

子どもの優先順位を理解する

なぜ子どもは、親の言葉よりも目の前の楽しみに没頭してしまうのでしょうか?この背後には、子どもの脳の発達段階が関係しています。特に思春期の子どもたちの脳は、感情や欲求を司る部分が非常に活発に働いています。これは、目の前の楽しいことや関心を引くものに対して非常に敏感であることを意味します。反対に、理性や長期的な視点で物事を考える力はまだ未熟なため、「今が楽しければいい」という考え方に引っ張られやすくなります。

たとえば、親が「今のうちに勉強しておけば、将来いい大学に行けるよ」と伝えても、子どもにとって「将来」という概念があまり現実味を帯びていない場合、そのアドバイスはほとんど意味を持たないのです。それよりも、今手にしているスマホゲームや友達とのLINEのほうが、圧倒的に現実的で魅力的に感じられるのです。

親の言葉を優先順位に組み込む工夫

子どもが目の前のことに夢中になり、親の言葉が届かないのは、彼らにとってその言葉が「現時点での優先順位の低い情報」として扱われているからです。この場合、単に大きな声で繰り返したり、子どもが気に入らないことを禁止したりしても、根本的な解決にはなりません。むしろ、親の言葉が「叱責」や「圧力」として認識され、子どもの中でさらに拒絶感を高めてしまうこともあります。

では、どうすれば親の言葉を子どもの優先順位の中に組み込むことができるのでしょうか?その鍵は、「親の言葉を子どもの世界とつなげること」にあります。

たとえば、親が「宿題をやりなさい」と伝えるとき、ただ命令するのではなく、「宿題が終わったら一緒にゲームをしよう」「終わったら夕飯にあなたの好きなデザートを出すね」といった具体的な動機付けを加えることで、子どもの中で宿題の優先順位を上げる工夫ができます。このように、子どもが自然と「やってみよう」と思える状況を作ることが重要です。

叱責よりも共感を優先する

不登校や引きこもりの子どもたちは、そもそもストレスや不安感を抱え、心が疲弊している場合が多いです。そのような状況で親から「なんでやらないの?」「ちゃんと聞きなさい!」と叱られると、子どもはますます心を閉ざし、言葉が届きにくくなります。

ここで大切なのは、まず共感を示すことです。たとえば、子どもが宿題をやらない場合、「どうしてやらないの?」と詰め寄るのではなく、「今日は宿題をやるのがしんどいのかな?」と子どもの気持ちを理解しようとする姿勢を見せることが大切です。こうすることで、子どもは親の言葉を「自分を責めるもの」としてではなく、「自分を理解しようとしているもの」として受け取りやすくなります。

遊びの時間を活用した伝え方

また、親子で一緒に楽しめる時間を増やすことも効果的です。たとえば、ゲームや散歩、料理など、子どもが好きな活動を通じて自然にコミュニケーションを取ることで、親の言葉が「強制的な指示」ではなく「信頼できるアドバイス」として受け入れられやすくなります。

ある不登校の子どもとその親のケースを紹介しましょう。この親御さんは、子どもが学校に行かないことで最初は毎日叱っていました。しかし、親が態度を改め、子どもと一緒に好きなアニメを観たり、料理をする時間を増やした結果、子どもとの関係が改善し、少しずつ学校の話題も受け入れられるようになりました。このように、信頼関係を築くための「一緒に楽しむ時間」は、親の言葉が伝わるための土台になるのです。


理由3:子どもは「自分の世界」に閉じこもる

親の言葉が伝わらない理由の中で、最も厄介なのが「子どもが自分の世界に閉じこもってしまう」状況です。特に不登校や引きこもりの子どもたちは、自分にとって安心できる世界の中で心を守り、外界との接触を避けようとする傾向があります。この「自分の世界」の中にいる子どもたちに言葉を届けるには、単純なコミュニケーションでは足りません。子どもがどのようにしてその世界に閉じこもるようになったのかを理解し、そこに寄り添いながらアプローチする必要があります。

なぜ「自分の世界」に閉じこもるのか?

子どもが自分の世界に閉じこもる理由はさまざまです。学校でのいじめや友人関係のトラブル、学業のプレッシャー、あるいは親とのコミュニケーション不足が原因となることが多いです。このような問題が重なると、子どもは次第に「どうせ自分なんて」と自分を否定する思考に陥り、現実から目を背けるようになります。

特に不登校の子どもたちは、学校という「現実の社会」に直面することが大きな負担となっている場合が多いです。親としては「学校に行きなさい」「友達ともっと話しなさい」と伝えたくなるものですが、そうした言葉は子どもにとって「安全な自分の世界」を脅かすものとして受け取られてしまいます。その結果、親の言葉をさらに拒絶し、ますます自分の世界に閉じこもってしまうのです。

子どもの世界に「入り込む」ために

子どもが自分の世界に閉じこもっている場合、親がその世界の外から言葉をかけても届きにくいことが多いです。ここで重要なのは、親が子どもの世界に「入り込む」ことです。子どもの趣味や興味に寄り添い、それを通じてコミュニケーションを図ることで、徐々に外の世界とのつながりを作っていくのです。

たとえば、子どもがゲームに夢中になっている場合、親がそのゲームの内容を理解し、一緒にプレイすることで会話のきっかけを作ることができます。あるいは、子どもが好きなアニメや漫画について話を聞くことで、「親が自分の世界を理解しようとしてくれている」と感じることができます。このように、親が子どもの世界を受け入れる姿勢を見せることが、次のステップへの足掛かりとなるのです。

小さな成功体験を積み重ねる

自分の世界に閉じこもる子どもたちは、外の世界に対して強い不安感を抱いています。この不安を軽減するためには、小さな成功体験を積み重ねることが効果的です。たとえば、「今日は一緒に学校の近くまで散歩してみない?」といった簡単な提案を通じて、子どもが少しずつ外の世界に触れる機会を作ることができます。

また、子どもが「できた!」と実感できる瞬間を意識的に作ることも重要です。親が一方的にアドバイスするのではなく、「これができたら一緒にお祝いしよう」という形で達成感を共有することで、子どもが外の世界への興味を持つきっかけを与えられます。

自分の世界から抜け出すには時間が必要

最後に強調したいのは、子どもが自分の世界から抜け出すには、必ず時間が必要だということです。親として焦る気持ちは理解できますが、無理に引っ張り出そうとすればするほど、子どもはその世界にしがみつくようになってしまいます。

大切なのは、親が「子どもは必ず変わることができる」という信念を持ち続けることです。そして、子どものペースを尊重しながら、少しずつ外の世界への橋渡しをしていくことが、長期的な解決への道筋となるのです。


親の心構えが「伝える力」を変える

ここまで、子どもに言葉が伝わらない理由と、その背後にあるスキーマや優先順位の違い、自分の世界に閉じこもる心理について解説してきました。しかし、子どもに言葉を届けるために最も大切な要素は、実は「親自身の心構え」です。親の姿勢や考え方が変わることで、同じ言葉であってもその伝わり方が大きく変わるのです。

親として、子どもの未来を案じ、なんとかして良い方向に導こうとすることは当然のことです。しかし、焦りや不安が前面に出ると、その気持ちが言葉に表れ、かえって子どもを追い詰めてしまうことがあります。ここでは、親の心構えを整えるための具体的な方法について考えていきます。

「すぐに伝わる」ことを期待しない

親が言葉を伝える際によく陥りがちな誤解の一つが、「言葉はすぐに伝わるべきだ」という考えです。しかし、子どもが不登校や引きこもりの状態にある場合、その状況に至るまでにさまざまな心の葛藤や問題が積み重なっています。したがって、一度の声かけや説得で状況が変わることを期待するのは現実的ではありません。

ある親御さんの例を挙げます。このお母さんは、不登校になった中学生の息子に対し、「学校に行くことが大事なんだ」と繰り返し説得を試みました。しかし、息子は頑なに耳を塞ぎ、話を聞こうとしませんでした。その後、カウンセリングを通じて、お母さんは「伝わるには時間がかかる」ということを理解し、声かけを少しずつ柔らかいものに変えていきました。結果として、息子は少しずつ心を開き、最終的には親子で学校復帰への道を話し合えるようになったのです。

親の言葉がすぐに伝わらないことは、決して親としての努力が足りないという意味ではありません。むしろ、言葉が届くためには、子どもがその言葉を受け入れる準備が整う時間を待つことが重要です。「時間をかけていい」という意識を持つことが、親自身の心の余裕にもつながるのです。

子どもの視点に立つ努力をする

親の立場から見ると、「なぜこんな簡単なことがわからないの?」と思う場面も少なくないでしょう。しかし、ここで一度、子どもの視点に立って物事を考えてみることが大切です。子どもにとって、親からの言葉がどのように聞こえているのか、どのように感じられているのかを想像してみてください。

たとえば、親が「学校に行くことは将来のために必要だ」と伝える場合、その言葉は親の立場から見れば当然のことです。しかし、学校生活で傷ついた経験を持つ子どもにとっては、「その言葉がまた自分を苦しい場所に戻そうとしている」と感じられるかもしれません。このズレを意識しないまま言葉を重ねると、子どもは「親は自分の気持ちを理解していない」と感じ、ますます距離を取ろうとするでしょう。

ここで大切なのは、「自分が子どもの立場だったらどう感じるか」を意識することです。そして、子どもの感じ方に寄り添いながら、「一緒に考えよう」「どうしたら少しでも楽になる?」といった言葉をかけることで、子どもが安心して心を開けるようになります。

「親が変わる」姿を見せる

子どもにとって、親は最も身近な存在であり、同時に「自分をどう見ているのか」を知るための大きな鏡でもあります。そのため、親自身が変わる姿を見せることが、子どもにとって大きな影響を与えます。

たとえば、親が日々イライラしていたり、感情的になりやすい状況にある場合、子どもはその姿を見て「自分のせいで親がこんなに苦しんでいる」と罪悪感を抱くことがあります。一方で、親が落ち着いており、子どもと向き合う時間を大切にしている姿を見せると、子どもは「自分がどんな状況でも親は自分を受け入れてくれる」と感じられるようになります。

また、親が趣味や楽しみを見つけ、笑顔で過ごす姿を見せることも重要です。不登校や引きこもりの子どもを持つ親は、子どもに対する心配や責任感から自分自身を追い詰めがちです。しかし、親が「自分を大切にする」ことを実践している姿を見せることで、子どもも「自分を大切にしていいんだ」と感じられるようになります。

失敗を恐れない心の余裕を持つ

最後に、親の心構えとして最も大切なのは、「失敗してもいい」という心の余裕を持つことです。不登校や引きこもりの解決には、必ず試行錯誤が伴います。親として一生懸命に取り組んでも、思ったような結果が出ないことも多いでしょう。しかし、それは失敗ではなく、改善への一歩なのです。

たとえば、ある親御さんが、子どもとのコミュニケーションを改善するために毎晩声をかけ続けていましたが、子どもはなかなか反応を示しませんでした。それでも親御さんはあきらめず、別のタイミングや方法で声をかけることを試しました。最終的に、子どもが「親が自分を見捨てずに向き合い続けてくれる」という安心感を得たことで、少しずつ前向きな行動が見られるようになったのです。

親としての努力は、たとえ結果がすぐに見えなくても、必ず子どもに影響を与えています。「失敗してもいい」「またやり直せばいい」と考えることで、親自身も無理なく向き合い続けることができるでしょう。


親子で共に進む道を作る

親の言葉が子どもに伝わるためには、子どものスキーマや心理状態を理解し、共感をもって接することが不可欠です。しかし、何よりも重要なのは、親自身が心の余裕を持ち、子どもの成長を信じながら向き合う姿勢です。

「伝わらない」という現象は、決して親としての失敗ではありません。それは、子どもが自分なりのペースで物事を考え、成長している証でもあります。親子で一歩ずつ進む道を共に作りながら、言葉を通じて信頼関係を深めていきましょう。その先に、親の思いがしっかりと届き、子どもが自分の未来に向けて歩み出す瞬間がきっと訪れるはずです。