ソーシャル・エモーショナル学習 〜社会を生き抜く力を育む〜

不登校や引きこもりの問題に取り組む児童心理司の藤原と申します。
私は、不登校予防や再登校支援を行うToCo株式会社の顧問として、多くの子どもたちとその保護者の方々と向き合ってきました。不登校は決して珍しいことではなく、日本の小中学生の中でも増加傾向にあります。しかし、親としてどのように子どもを支えればよいのか、その答えを見つけることは容易ではありません。

今回お伝えしたいのは、子どもが社会の中で生き抜く力を身につけるために有効な「ソーシャル・エモーショナル学習(SEL)」についてです。これは、単なる学力や知識ではなく、感情や対人関係を適切に理解し、管理しながら社会と関わっていく力を養う学習法です。不登校の背景には、対人関係の悩みや自信の喪失、感情のコントロールの難しさがある場合が多く、SELを学ぶことが状況改善の大きな助けになると考えています。


目次


ソーシャル・エモーショナル学習(SEL)とは?

ソーシャル・エモーショナル学習(Social Emotional Learning、以下SEL)は、1960年代にイェール大学の研究プロジェクトとして始まりました。その後、アメリカのCASEL(Collaborative for Academic, Social, and Emotional Learning)が中心となり、学校教育の中にSELを取り入れることを推進しています。SELは単なる「情緒教育」ではなく、自己理解、感情のコントロール、対人スキル、意思決定能力を統合的に育むプログラムです。

日本ではまだ広く浸透していませんが、欧米では教育現場だけでなく、企業研修や社会人向けのプログラムにも取り入れられています。なぜなら、どんなに優れた知識や技術を持っていても、感情を適切に扱えず、人間関係を築けなければ、社会の中で成功することが難しいからです。

特に、不登校の子どもたちにとってSELは重要な学習要素です。学校に行けなくなった背景には、対人関係でのストレスや自己肯定感の低下、感情のコントロールの難しさがあることが多いため、それらを改善するための具体的な手段としてSELが有効なのです。


SELの5能力

① Self Awareness(自己の理解)

自己の理解とは、自分の感情や思考、強みや弱みを客観的に認識する力のことです。不登校の子どもたちは、自分の気持ちをうまく言葉にできなかったり、「なぜ学校に行きたくないのか」が分からなかったりすることが多くあります。

例えば、ある日突然「学校に行きたくない」と子どもが言ったとしても、その理由が明確に説明されることは少ないでしょう。しかし、よく話を聞いてみると、「友達との関係がうまくいかない」「授業が分からないことで自信をなくしている」「先生に怒られるのが怖い」といった背景が見えてくることがあります。

親としてできることは、子どもの感情に寄り添いながら「今、どんな気持ちなのか」を言語化するサポートをすることです。「何が嫌なの?」と問い詰めるのではなく、「最近、学校でどんなことがあった?」と出来事を話しやすい形で聞くことが大切です。子ども自身が自分の感情を理解し、それを適切に表現できるようになることで、不登校の原因の一端を明らかにし、解決に向けた第一歩を踏み出せるのです。

② Self Management(セルフマネジメント)

セルフマネジメントとは、自分の感情をコントロールし、ストレスに適応する力のことです。不登校の子どもたちは、ストレスに対処する手段を持たないまま問題に直面し、結果的に「学校に行かない」という選択をしてしまうことがあります。

ここで重要なのは、「感情をコントロールする力」は生まれつき備わっているものではなく、学習によって身につけられるということです。例えば、大人でも仕事で失敗したときに「もうダメだ」と落ち込むことがありますが、「次はこうしよう」と前向きに切り替えられる人もいます。その違いは、生まれつきの性格ではなく、これまでに培った「感情の管理スキル」によるものなのです。

親ができるサポートの一つとして、「感情の整理法」を教えることが挙げられます。例えば、「気持ちが落ち込んだときは、深呼吸をしてからお気に入りのノートに気持ちを書き出す」「嫌なことがあった日は、お風呂に入ってリラックスする」など、具体的な対処法を一緒に考えることで、子ども自身が感情をコントロールする力を育むことができます。

③ Social Awareness(社会や他者の理解)

社会や他者の理解とは、自分以外の人々の感情や立場を理解し、共感する力のことです。不登校の子どもたちにとって、この力は特に重要です。なぜなら、不登校に至る原因の多くは、他者との関係性の中で生まれる「分かってもらえない」「どう接していいか分からない」といった悩みだからです。

学校は、勉強を学ぶ場であると同時に、集団の中で人間関係を築く場でもあります。しかし、クラスの中で「空気が読めないと言われる」「友達と話が合わない」「先生が何を考えているのか分からない」と感じる子どもにとって、学校は居心地の悪い場所になりがちです。その結果、「学校に行かなくていいなら、楽だ」と思い、不登校が長期化することもあります。

では、どうすれば社会や他者の理解を深めることができるのでしょうか?

まず、親ができることは「共感の経験を積ませる」ことです。たとえば、「友達が怒っていたら、どんな気持ちになっているのかな?」「先生が厳しく指導するのは、どんな理由があると思う?」と、日常の出来事を一緒に考える時間を持つのも有効です。ポイントは、子どもが自分の意見を言いやすい雰囲気を作ること。正しい答えを求めるのではなく、「そんなふうに感じたんだね」と受け止めることが大切です。

また、映画や本を活用するのもおすすめです。フィクションの世界には、さまざまな立場の人々が登場します。たとえば、『ズートピア』のような映画は、「偏見を持たれる側」「誤解をされる側」の視点を学ぶのに最適です。物語を通じて「もし自分がこの立場だったら?」と考える習慣をつけることで、子どもは少しずつ他者の気持ちを理解する力を養っていくのです。

④ Relationship Skills(対人関係スキル)

対人関係スキルとは、人と適切にコミュニケーションをとり、良好な関係を築く能力です。不登校の子どもたちは、「どう話せばいいのか分からない」「話しかけてもらえないと、自分からは話せない」という悩みを抱えていることが多いです。

ここで重要なのは、「コミュニケーション能力は、生まれつきの才能ではなく、学習できるスキルである」ということです。たとえば、人と会話をするときの基本として「相手の話をよく聞く」「自分の気持ちをシンプルに伝える」といったことを、練習によって身につけることができます。

親ができるサポートとしては、「会話の練習をする」ことが挙げられます。たとえば、子どもが友達と話すのが苦手なら、「どうやって話しかければいいか、一緒に考えてみよう」とロールプレイをするのも有効です。「〇〇君が好きなスポーツの話をしてみるのはどう?」と具体的なアドバイスをすることで、子どもは会話の糸口をつかみやすくなります。

また、「あいづちの打ち方」や「相手の話を広げる質問の仕方」を学ぶことも大切です。「へえ、そうなんだ!」と相手の話に興味を持つ姿勢を示すだけで、会話はスムーズに進むようになります。こうしたスキルは、学校だけでなく将来の職場や社会生活でも役立つ重要な能力です。

⑤ Responsible Decision Making(責任ある意思決定)

責任ある意思決定とは、自分の選択が周囲にどのような影響を与えるかを考え、適切な判断を下す力のことです。不登校の子どもたちにとって、このスキルは「学校に行くかどうか」を自分で考える上で非常に重要です。

「学校に行きたくない」という気持ちは、決して否定されるべきものではありません。しかし、「行かない」という選択を続けることで、将来的にどんな影響があるのかを、子ども自身が理解することも必要です。

ここで大切なのは、「子どもに考えさせる機会を作る」ことです。たとえば、「学校に行かないことで、困ることは何があるかな?」「行った場合、少しでも楽になる方法はある?」と、一緒に選択肢を考える時間を持つことが効果的です。「どうしたい?」と問いかけることで、子どもは自分の行動について責任を持つ意識が芽生えます。

また、小さな成功体験を積むことも重要です。「今日は玄関まで行けた」「学校の前まで行けた」という一歩一歩の成功を積み重ねることで、「やればできる」という自信につながります。この積み重ねが、最終的に再登校への道を開くことになるのです。


「成長マインドセット」の重要性

不登校の子どもたちが再び社会に向き合い、自分の未来に希望を持つためには、「成長マインドセット(Growth Mindset)」の獲得が欠かせません。これは、アメリカの心理学者キャロル・ドゥエックが提唱した概念で、「能力や才能は生まれつき決まっているものではなく、努力と工夫によって成長できる」という考え方を指します。

この考え方の対極にあるのが「固定マインドセット(Fixed Mindset)」です。これは、「自分の能力には限界があり、努力しても変わらない」という思い込みのことを指します。不登校の子どもたちは、過去の失敗体験や他者との比較の中で、「どうせ自分はできない」「頑張っても意味がない」と感じてしまい、固定マインドセットに陥っていることが多いのです。

この章では、不登校の子どもに「成長マインドセット」を持たせることの重要性と、それを育むための親の関わり方について詳しく解説します。


なぜ「成長マインドセット」が不登校の克服に必要なのか?

不登校になる理由はさまざまですが、多くの子どもが「失敗の恐怖」「自信の喪失」「周囲との比較」によって学校に行くことをためらっています。

例えば、学校の授業についていけなくなった子どもは、「自分は勉強ができない」「もう取り返しがつかない」と考え、努力する気力を失います。また、友人関係でのトラブルを経験した子どもは、「自分は人と関わるのが下手だ」「どうせまた傷つく」と思い込み、新しい関係を築くことを避けるようになります。

しかし、成長マインドセットを持つことで、こうした思考を「今はできなくても、努力すれば変わる」「失敗は学びのチャンス」というポジティブなものに変えることができます。これにより、不登校の子どもが「少しずつでも前に進んでみよう」と思えるようになるのです。

「成長マインドセット」を持つ子どもと持たない子どもの違い

固定マインドセット成長マインドセット
「自分には才能がない」「今はできないけれど、努力すればできるようになる」
「勉強しても意味がない」「勉強を続ければ少しずつ成長できる」
「友達ができなかったから、もうダメだ」「前はうまくいかなかったけれど、次は違う方法を試してみよう」
「失敗は恥ずかしいこと」「失敗は成長のために必要な経験」

この違いが、長期的な行動の変化を生み出します。

では、親として子どもに「成長マインドセット」を育むためには、どのような関わり方をすればよいのでしょうか?


親ができる「成長マインドセット」の育成方法

① 結果ではなく「努力のプロセス」を認める

不登校の子どもは、「結果」によって評価されることに敏感です。学校のテストの点数や、友人関係の成功・失敗ばかりが重要視されると、「自分はうまくできないからダメなんだ」と思い込んでしまいます。

親として意識すべきことは、結果ではなく、努力の過程を認めることです。

例えば、テストの点数が悪かったとしても、「この問題に挑戦したことがすごいね」「前回よりも少し解ける問題が増えたね」と、努力したことに目を向ける声かけをしましょう。これによって、子どもは「自分の頑張りには意味がある」と感じられるようになります。

② 失敗を「学びの機会」として捉える

不登校の子どもたちは、過去の失敗経験によって「もう傷つきたくない」と思い、新しいことに挑戦するのを避けることがあります。

このとき親ができるのは、「失敗を否定しないこと」です。「なぜこんなこともできないの?」と責めるのではなく、「うまくいかなかったけれど、次はどうすればいいと思う?」と、解決策を一緒に考える姿勢を持ちましょう。

また、「親自身が失敗をポジティブに捉える姿勢を見せる」ことも大切です。「今日、仕事でミスをしちゃったけど、次はこうしようと思うんだ」と話すことで、子どもも「失敗しても大丈夫なんだ」と感じることができます。

③ 「まだできない」を受け入れる習慣をつける

「できない」という言葉を「まだできない(yet)」という言葉に変えるだけで、子どもの捉え方は大きく変わります。

例えば、「算数が苦手だ」と言う子どもには、「今は苦手かもしれないけど、練習すれば得意になるかもしれないね」と伝えてみましょう。こうすることで、「できない自分」ではなく、「成長途中の自分」として、自分自身を受け入れられるようになります。

④ 小さな成功体験を積み重ねる

成長マインドセットを持つためには、「できた!」という経験を積み重ねることが重要です。

不登校の子どもにとっては、「学校に行くこと」自体のハードルが高いため、いきなり再登校を目指すのではなく、「少しずつの成功」を重ねていくことがポイントです。

例えば、
✅ 今日は朝、制服を着ることができた
✅ 学校の近くまで行ってみた
✅ 友達にLINEでメッセージを送れた

このような「小さな成功」を認めることで、子どもは「やればできる」という感覚を持つようになります。


成長マインドセットがもたらす変化

成長マインドセットを持つことで、不登校の子どもたちには次のような変化が生まれます。

  1. 「どうせ無理」が「やってみよう」に変わる
  2. 失敗を怖がらなくなり、新しいことに挑戦できる
  3. 小さな成功体験が積み重なり、自信が生まれる

この考え方が根付けば、学校復帰だけでなく、将来の仕事や人間関係の中でも、「挑戦する力」を持ち続けることができます。


まとめ

SELを家庭で育むためには、特別な教育プログラムが必要なわけではありません。親が日常の中で「感情を言葉にする」「小さな成功体験を積ませる」「共感を大切にする」「成長マインドセットを意識する」ことが、SELの能力を伸ばすカギになります。

そして、SELが育まれることで、不登校の子どもたちは「自分の気持ちを理解できるようになる」「他人との関係を築く力が身につく」「挑戦する勇気が持てる」といった変化を経験し、少しずつ社会と向き合う力をつけていきます。

焦らず、一歩ずつ。子どもが安心して成長できる環境を作ることこそ、親ができる最も大切なサポートです。

最後に、不登校の克服には「親だけで抱え込まないこと」も大切です。家族だけでは難しいと感じるときは、専門家の力を借りながら、子どもに合った支援を見つけていきましょう。ToCo株式会社では、不登校の子どもたちが少しずつ社会との接点を持てるようサポートを行っています。一人で悩まず、ぜひ相談してください。


ToCo(トーコ)について

私たちToCoは、お子様が自ら不登校から脱却するための支援を行っており、2025年2月時点で700名以上のお子様が平均3週間で再登校しています。

学校や行政機関による対策が進む中、不登校数は年々増え続けています。私たちは、不登校が続いてしまう要因を診断し、児童心理司や精神科医の専門チームが再登校までサポートします。
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