不登校から考える反抗期
こんにちは。再登校支援トーコの竹宮と申します。臨床心理士として不登校のご家庭の支援を行ってまいりました。
本日は「不登校から考える反抗期」というテーマについて、詳しくお話をさせていただきます。不登校のお子様を持つ親御様にとって、家の中でのお子様の荒れた態度や、逆に一切の会話を拒絶するような態度は、非常に大きな悩みの一つではないでしょうか。
一般的に、反抗期は「親に逆らう困った時期」と捉えられがちですが、実はそこにはお子様の成長に関わる重要なサインが隠されています。今日は、反抗期の本来の意味や、不登校という状況下での心の動きについて、新しい視点をご紹介したいと思います。
目次
- 良い子が突然「動けなくなる」
- 自立へのステップとしての「反抗」
- 不登校と反抗期が重なったら
- 縦から「横に並ぶ関係」へ
- スマートフォンを巡る攻防
- 葛藤への向き合い方
- なぜ「不登校」と「反抗」がセットになるのか
- 「良い子」の仮面を外すには
- 不登校と反抗期をどう受け止めるか
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良い子が突然「動けなくなる」
従順さが抱えるリスク
不登校の相談を受ける中で、多くの親御様が「以前はあんなに素直で良い子だったのに」とおっしゃいます。親の言うことをよく聞き、学校の課題もしっかりこなし、周囲から評価されるようなお子様が、ある日突然、糸が切れたように動けなくなる。このような事例は、臨床の現場では決して珍しいものではありません。
実は、この「素直さ」こそが、心の成長における一つの課題を隠している場合があります。お子様が自分の本当の気持ちや欲求を抑え込み、周囲の期待に応えようと無理を重ねてきた結果、エネルギーが枯渇してしまうのです。これを心理学では、自己の喪失や過剰適応と呼ぶことがあります。
自分の意見を持たず、親や教師が提示する正解に合わせ続けることは、一見すると育てやすい子に見えるかもしれません。しかし、それは自分自身の足で立つための「土台」が育っていない状態でもあります。
反抗期の不在が示唆するもの
反抗期がないことを、親子仲が良い証拠だと喜ぶ声を耳にすることがあります。確かに衝突がない毎日は穏やかですが、児童心理学の観点からは、少し異なる見方をします。反抗とは、自分と他者(親)の境界線を引き、一人の独立した人間として自立しようとする健全な意志の現れです。
もし、思春期を迎えても全く反抗が見られない場合、お子様は「自分の意見を言うことは許されない」と感じているか、「親の価値観に飲み込まれている」可能性があります。あるいは、自分の感情に蓋をすることに慣れすぎてしまい、自分が何をしたいのか分からなくなっているのかもしれません。
このような状態が続くと、社会に出るための準備段階である「自我の確立」が遅れてしまいます。不登校という現象は、これまで抑え込んできた「自分」を、無意識のうちに取り戻そうとする必死の抵抗であるとも考えられるのです。
自立へのステップとしての「反抗」
欧米における反抗期の捉え方
ここで少し、視点を日本国外に移してみましょう。欧米諸国では、子供が親に対して異なる意見を述べたり、反抗的な態度を取ったりすることを「自立への正しいステップ」として歓迎する傾向があります。子供が一人の人間として、親とは別の個体であると主張し始めた証拠だと捉えるからです。
逆に、思春期になっても親の意見に同調し続ける子供に対しては、「自分の意見を持っていないのではないか」と心配されることすらあります。反抗は、親を否定しているのではなく、自分を肯定しようとするプロセスなのです。
彼らにとって、親の価値観を一度壊すことは、自分独自の価値観を構築するために避けて通れない作業です。古い建物を一度壊さなければ、新しい家を建てることはできません。この「破壊」のプロセスこそが、私たちが反抗期と呼んでいるものの正体です。
痛みと伴う依存からの脱却
心理学には「分離個体化」という言葉があります。これは、子供が親という心理的な依存対象から離れ、自分自身を確立していく過程を指す用語です。乳幼児期にも見られる現象ですが、思春期におけるこのプロセスは非常にダイナミックで、激しい葛藤を伴います。
お子様は、親を愛していながらも、親から離れなければならないという矛盾した感情を抱えています。そのため、わざと乱暴な口調を使ったり、部屋に閉じこもったりすることで、心理的な距離を確保しようと試みます。
この時期のお子様が取る態度は、決して親御様を苦しめることが目的ではありません。むしろ、親御様のことが好きだからこそ、強く反発しないと自分を保てないという心理が働いています。これは皮肉なことですが、健全な成長の一環なのです。
不登校と反抗期が重なったら
反抗の根底にあるもの
不登校の状況下で反抗期が重なると、親御様の精神的な負担は計り知れません。「学校にも行かず、家で好き勝手なことを言い、親に反抗するなんて」という憤りを感じるのは、人として当然の反応です。一生懸命支えようとしているのに、それを拒絶されると、自分自身の存在を否定されたような悲しみに襲われるでしょう。
ここで重要なのは、お子様の暴言や態度は、親御様のこれまでの育て方を批判しているのではないということです。お子様自身も、学校に行けない自分に対して強い不全感や罪悪感を抱いています。そのやり場のない感情が、最も甘えられる存在である親御様に向けて放出されているに過ぎません。
お子様は今、暗いトンネルの中で出口を探してもがいている状態です。目の前の現象だけに囚われると、親子の信頼関係が崩れてしまう恐れがあります。しかし、この嵐のような時期を抜けた先には、より深く、成熟した親子関係が待っていることも事実です。
「見守り続ける」ことは出来るのか
よく「お子様の主体性を尊重して、温かく見守りましょう」というアドバイスを目にします。しかし、実際に不登校と反抗期が同時に起きている家庭において、ただ見守ることは極めて困難です。部屋で昼夜逆転し、暴言を吐く子供を前にして、平穏な心でいられる親はいないでしょう。
このアドバイスの落とし穴は、親にだけ「我慢」や「忍耐」を強いている点にあります。見守ろうとすればするほど、親の心にはストレスが溜まり、結果としていつか爆発してしまいます。そうなると、お子様はさらに自分を責め、引きこもるという悪循環に陥ります。
必要なのは、ただ黙って耐えることではありません。お子様の反抗的な態度を「自立のサイン」として整理し、心理的な距離を適切に保つ方法を学ぶことです。親御様自身が、自分の感情を守るための術を持つことが、結果としてお子様を支える力になります。
縦から「横に並ぶ関係」へ
上下関係が生む反発のメカニズム
家庭内において、親が「正解を教える人」で、子供が「それに従う人」という上下の関係(垂直な関係)が固定化されていると、反抗期はより激化する傾向があります。親が良かれと思って出す指示や提案が、自立したいお子様にとっては「自分の領域への侵入」と感じられるからです。
例えば、朝なかなか起きないお子様に対して「早く起きなさい」と言うことは、事実としては正しいかもしれません。しかし、お子様の心理からすれば「自分の状態をコントロールされている」という感覚を強める結果になります。
命令や強制は、短期的には子供を動かすかもしれませんが、長期的な自立を阻害します。上から押さえつけられれば、下からは同じ力で押し返そうとするのが心の自然な反応です。この押し合いが続いている限り、不登校の解決に向けた建設的な話し合いは難しくなります。
一緒に考える姿勢とは
一方で、反抗期がそれほど激しく出ない、あるいは建設的な対話ができるご家庭には、ある共通した姿勢が見られます。それは、親がお子様と同じ視点に立ち、横に並んで一緒に考えるという姿勢です。
問題が起きたとき、親が解決策を提示するのではなく、「今、何に困っているのかな?」「どうすれば少し楽になると思う?」と、お子様の意見を聞くことから始めます。答えを教える指導者ではなく、共に人生の課題を乗り越える伴走者のような立ち位置です。
お子様が一人の人間として尊重されていると感じると、無理に反抗して自分の権利を主張する必要がなくなります。親に自分の声が届くと確信できれば、お子様はわざわざ荒い言葉を使わなくても、自分の弱さや本音を話せるようになるのです。
スマートフォンを巡る攻防
よくある対立の風景
多くのご家庭で火種となるのが、スマートフォンの使用時間です。不登校のお子様が一日中画面を見ている姿は、親御様にとって不安以外の何物でもないでしょう。「そんなにスマホばかり見ていて、将来はどうするの?」という言葉がつい出てしまうのは、無理もありません。
これに対して、お子様は「うるさい、放っておいて!」と激しく反抗します。親は制限をかけようとし、子はそれを掻い潜ろうとする。この泥沼の戦いは、親子双方のエネルギーを奪うだけで、何の解決にも繋がりません。
ここで少し立ち止まって、お子様の視点を想像してみてください。彼らにとってスマートフォンは、唯一外部と繋がれる窓であり、現実の辛さから逃避できる避難所である場合が多いのです。そこを頭ごなしに否定されることは、自分の生命線を断たれるような恐怖を感じさせます。
解決のためのアプローチ
水平な関係を意識した対応では、まず「スマホをやめさせること」をゴールにしません。「最近、夜遅くまで使っているみたいだけど、何か面白い動画でも見つけたのかな?」と、関心を持つことから始めます。
もし制限が必要な場合でも、親が一方的に決めるのではなく、お子様に相談を持ちかけます。「お母さんは、あなたの視力が落ちるのが心配なんだ。どうすれば良いと思う?」と、相手の知性を信頼して問いかけます。
お子様自身も、使いすぎている自覚がある場合は多いものです。親から心配や提案という形で言葉をかけられると、自衛的な「反抗」をする必要がなくなります。自分で自分のルールを決めるという経験は、小さなことですが大きな自立への一歩となります。
葛藤への向き合い方
親としての限界
お子様の反抗に直面したとき、多くの親御様は「自分の接し方が悪かったのではないか」と自責の念に駆られます。しかし、ここで明確にお伝えしたいのは、お子様の成長に伴う葛藤を全て親が解決してあげることは不可能だということです。
思春期という激動の時期、そして不登校という困難な状況において、親御様ができることには限界があります。その限界を認めることは、決して無責任なことではありません。むしろ、お子様を一人の独立した人間として認め、その人生の責任をお子様に少しずつ戻していくための大切なプロセスです。
親御様が苦しんでいるのは、お子様を深く愛しているからです。その愛情は否定されるべきではありません。ただ、愛情が「コントロール」という形ですり替わっていないか、一度冷静に見つめ直す勇気を持つことが、現状を打破するきっかけになります。
「できていること」に目を向ける
反抗期や不登校の最中には、どうしても「学校に行けない」「暴言を吐く」「片付けができない」といった「マイナスの側面」ばかりが目につきます。しかし、専門的な視点から見れば、その荒れた態度さえも「エネルギーが戻ってきた証拠」としてポジティブに捉えることができます。
無気力で寝たきりだった子が、親に口答えをするようになった。これは、外に向けるエネルギーが回復してきたという変化のサインです。全くコミュニケーションがなかった子が、反抗という形で関わりを求めてきた。これは、親子関係の再構築が始まった瞬間かもしれません。
現象の表面的な良し悪しで一喜一憂するのではなく、その裏側にあるお子様の心の動きに注目してください。すると、今の苦しい状況が、実は未来の自立に向けた必要な準備期間であることに気づけるはずです。
なぜ「不登校」と「反抗」がセットになるのか
自己同一性の危機
思春期のお子様が直面する最大の課題は、心理学者のエリクソンが提唱した「自己同一性(アイデンティティ)の確立」です。これは「自分は何者であり、社会の中でどのような役割を果たすのか」という問いに対する、自分なりの答えを見つける作業を指します。
不登校のお子様にとって、このプロセスは非常に過酷なものになります。本来であれば、学校という社会の中で友人や教師との関わりを通じて、自分の得意不得意を知り、自我を形成していきます。しかし、その場を失っている状態では、自分を定義するための材料が圧倒的に不足してしまいます。
「学校に行っていない自分」を肯定することは、大人であっても容易ではありません。お子様は心の中で、「自分はダメな人間だ」という強い自己否定と、「それでも自分を認めてほしい」という切実な願いの間で激しく揺れ動いています。この行き場のない葛藤が、最も身近な存在である親への「反抗」となって噴出するのです。
無力感の伝播
お子様の激しい暴言や拒絶的な態度に触れると、親御様は自分まで「自分は親失格だ」という感覚に陥ることがあります。
お子様は自分の中にある「無力感」や「自己嫌悪」といった耐え難い苦痛を、言葉や態度を通じて親に投げつけます。その結果、親御様がお子様と同じように「無力感」を感じることで、お子様は「自分の苦しみを親に肩代わりさせた」状態になります。
これは無意識のプロセスですが、お子様にとっては「自分の苦しさを親に分からせる」唯一の手段になっている場合が少なくありません。親御様が感じる辛さは、実は今、お子様が心の中で抱えている辛さそのものである可能性があります。このように現象を客観的に捉え直すと、少しだけ冷静に向き合う余地が生まれるのではないでしょうか。
「良い子」の仮面を外すには
過剰適応の反動
冒頭でも触れましたが、不登校になるお子様には「周囲の期待に応えすぎてしまう」という特性が見られることが多々あります。自分の感情よりも、親や教師が喜ぶ顔を優先して行動する過剰適応の状態です。
しかし、自分の本心を無視し続けることには限界があります。ある日突然、学校に行けなくなるという事態は、心が「これ以上は無理だ」という悲鳴を上げている状態に他なりません。この時、お子様は初めて「親の期待を裏切る」という経験をします。
これはお子様にとって、恐怖であると同時に、初めて自分の意志で(たとえそれが消極的な形であっても)人生を選択した瞬間でもあります。その後の反抗的な態度は、「良い子」という檻に閉じ込められないための、自己防衛の現れといえるでしょう。
感情の「リバウンド」現象
長期間、感情を抑制してきたお子様ほど、反抗期に入った時の反動は大きくなる傾向にあります。それまで溜め込んできた「言いたかったこと」「我慢してきたこと」が一気に溢れ出すため、周囲には非常に攻撃的に映ります。
例えば、これまで一度も口答えをしなかったお子様が、突然「うざい」「消えろ」といった強い言葉を使うようになります。親御様にとってはショックな出来事ですが、これはお子様の感情の機能が正常に動き出し、澱んでいたものが排出されている過程です。
ここで親御様が「昔のように素直な子に戻ってほしい」と願うのは、お子様の成長を止めてしまうことになりかねません。今の荒れた状態は、お子様が自分の人生を自分の手に取り戻そうとしている、生みの苦しみの時期なのです。
不登校と反抗期をどう受け止めるか
不登校と共に訪れる反抗期は、まさに家庭の中を吹き荒れる嵐のようなものです。しかし、その嵐は、古い価値観を洗い流し、新しい芽が出るための準備でもあります。
お子様は今、必死に「自分」という存在を確立しようとしています。その過程で発せられる攻撃的な言葉や態度は、彼らが一歩ずつ自立へと近づいている足跡なのです。今の状況を「問題」として排除するのではなく、お子様の成長過程における「必然」として受け止める視点を持ってみてください。
縦の関係から横に並ぶ関係へ。指導から信頼へ。この視点の転換ができたとき、親子関係はこれまでとは違う形へと進化していきます。
今回の内容が、少しでも皆様の心を軽くする一助となれば幸いです。
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