子どもの人格や性格を叱ってはいけない理由
こんにちは。不登校カウンセラーの竹宮です。
今日は、「子どもを叱るときに人格や性格を否定してしまうことは、なぜいけないのか」というテーマについて書いてみたいと思います。
このテーマは、多くの保護者の方が無意識のうちに直面していることだと感じます。
日々の育児や生活の中で、つい感情的になって強い言葉をかけてしまう場面は多くあります。
「本当に何をやってもダメな子だね」
「どうして普通のこともできないの」
こうした言葉を発した後に、自分でもハッとすることがあるのではないでしょうか。
叱ることそのものが悪いわけではありません。
しかし、子どもの“行動”ではなく“人格”を否定する言葉には、大きなリスクがあります。
今日は、その理由と背景について、児童心理の視点から掘り下げてお伝えしていきます。
目次
- 「叱る」と「否定する」は、まったく別の行為
- 子どもは、親の“本音”に強く反応する
- 「事実」と「感情」は分けて話す練習を
- 「変えたい」と思うほど、空回りするのが子育て
- 「親だからこそ」の難しさを、もっと認めてもいい
- 終わりに:子どもを“傷つけない”選択
「叱る」と「否定する」は、まったく別の行為
まず確認しておきたいのは、「叱る」こと自体は、しばしば必要であるという点です。
子どもが社会で生きていく上で、ルールや他者との関わりを学んでいくには、行動へのフィードバックが不可欠です。
しかし、行動の指摘と人格の否定はまったく別物です。
たとえば
- 「提出物を忘れるのは困るよ」・・・これは行動に対する指摘です。
- 「あなたって本当にだらしない子ね」・・・これは人格に対する否定です。
前者は、「やるべきことをやろう」というメッセージになります。
後者は、「あなたという人間は欠陥がある」という印象を与えてしまいます。
子どもは大人以上に、「言葉の裏にある感情」を敏感に読み取ります。
そのため、人格否定の言葉は、想像以上に深く心に突き刺さってしまうのです。
「攻撃モード」に入ると、言葉のコントロールが効かなくなる
では、なぜ私たちは人格を否定するような言葉を口にしてしまうのでしょうか。
それには、人間の感情の構造が関係しています。
怒りが強くなると、人は「攻撃モード」に入ります。
この状態では、無意識に相手に最大限のダメージを与える言葉を選ぼうとする傾向があります。
たとえば、パートナーと喧嘩をして、「あなたって最低」などと口にしたことはありませんか?
本当は相手をそこまで傷つけたいわけではないのに、口から出てしまう。
それと同じことが、親子関係でも起こります。
怒りのピークでは、理性的な判断よりも、感情の爆発が優先されるのです。
「無意識の人格否定」が子どもの自己評価を傷つける
人格を否定する言葉が子どもに与える影響は、想像以上に根深いものです。
それは、「自己評価(Self-Esteem)」に直結するからです。
自己評価とは、自分自身に対する価値の感じ方を指します。
これは言い換えると、「自分はここにいていい存在だと思えるかどうか」という感覚です。
もし、「あなたは本当にだめな子」と言われ続けたら、子どもはどうなるでしょうか。
「自分には価値がない」
「何をやっても無理」
「誰からも認められない」
このような思い込みが積み重なっていきます。
この傾向が続くと、子どもは「行動」ではなく「存在そのもの」が問題であると感じてしまいます。
それは、自分自身を否定する感覚に繋がり、深刻な自己否定や無気力を招くことがあります。
よく聞くアドバイス「行動を叱りましょう」の落とし穴
多くの育児書や講演で、「人格ではなく行動を叱りましょう」と言われます。
確かにこれは正しい方向性です。ですが、このアドバイスには一つ大きな問題があります。
それは、実践が極めて難しいという点です。
なぜなら、日常生活の中で起きるイライラや怒りは、「出来事」そのものよりも、「背景」によって生まれるからです。
たとえば、「朝の忙しい時間に子どもがぐずっている」
ただそれだけでは怒らないかもしれません。
でも、「仕事のトラブルが頭にあり、時間がない中でお弁当も作らないといけない」
そんな状況では、つい爆発してしまいます。
つまり、「叱り方の技術」だけを覚えても効果が低いのです。
本当に大切なのは、「親の感情の状態」や「親自身のキャパシティ」なのです。
「わかっていてもできない」自分を責めない
ここで、多くの方が感じる矛盾があります。
「叱り方が大切なのは分かっている」
「人格を否定してはいけないとも思っている」
「でも、実際にはうまくいかない」
このような葛藤に苦しむ方がとても多いのです。
その感情は、極めて自然なものです。
人間は、いつも理想通りに行動できるわけではありません。
感情をコントロールするのは簡単ではありませんし、常に冷静でいることは誰にとっても無理があります。
まずはその現実を認めるところから始めることが大切です。
「できない自分」がダメなのではありません。
「頑張りすぎている自分」に気づけるかどうかが、最初の一歩です。
子どもは、親の“本音”に強く反応する
もう一つ重要な視点があります。
それは、子どもは「親の本心」を敏感に感じ取っているということです。
たとえば、表面的には優しい言葉をかけていても、内心で「どうせまた失敗するんでしょ」と思っていたら。
子どもは、その空気を読み取ってしまいます。
逆に、うまく言葉にできなくても、「あなたのことを信じたい」「応援してる」という思いがあれば、
子どもはその温度をしっかり受け取ります。
つまり、どんな言葉を使うか以上に、どんな思いで向き合うかが大切なのです。
叱るときに、どこを意識すればいいのか?
では、叱らざるを得ない場面で、何に気をつければいいのでしょうか。
ポイントは、「事実」「影響」「期待」の3つに分けて伝えることです。
たとえば「約束の時間に帰ってこなかった」という場面なら、
- 【事実】「約束の時間は18時だったよね」
- 【影響】「帰ってこないとすごく心配になるし、夕飯の準備もできなくなる」
- 【期待】「これからは、連絡だけでもほしいな」
このように構造的に話すことで、人格を否定せず、行動の改善を促すことができます。
一番避けたいのは「レッテルを貼る」こと
「どうせお前は〇〇だ」
「また同じことやって」
「いつもそうじゃない」
こうした言葉には、“固定化”の力があります。
子どもは、「自分は変われない存在なんだ」と感じてしまいます。
これを心理学では「ラベリング効果」と呼びます。
ラベリングとは、名前を付けることです。
本来、人は状況によって行動が変わる柔軟な存在です。
しかし、「あなたは〇〇な人間だ」と言い続けると、本当にそのように振る舞うようになってしまいます。
子どもの「自己像」は、親の言葉から形作られる
子どもは、自己像(自分自身についてのイメージ)を、親との関わりを通じて作っていきます。
「君は気が利くね」
「失敗してもやり直せばいいよ」
「そういう考え方もいいと思うよ」
このような言葉は、子どもに「自分には価値がある」「考えて行動していいんだ」という感覚を育てます。
一方で、
「またミスしたの? ほんとに学ばないね」
「どうしてそんな面倒くさい子なの?」
「あなたって本当に使えない」
こうした言葉は、子どもの中に「自分は劣っている」「迷惑な存在だ」という印象を刻み込んでしまいます。
特に、不登校の子どもたちは、もともと自己評価が低下していることが多いため、ちょっとした言葉の重さが違います。
「事実」と「感情」は分けて話す練習を
感情が高ぶると、事実と主観がごちゃまぜになります。
たとえば、
「何回言っても無駄だよね。あなたってほんと、全然聞いてないじゃない」
という言葉には、「何回言ったか」という事実と、「無駄」「全然聞いてない」という親の主観が混ざっています。
これを整理して言い直すと、こうなります。
「昨日も今朝も同じことを言ったけど、変わってなかったから一緒にどうすればいいか考えてみよう」
どうでしょうか。同じ出来事に対して、子どもへの届き方は全然違います。
親の気持ちを伝えるのは悪いことではありません。
ただし、それを「評価」や「決めつけ」の言葉で表現してしまうと、人格否定になってしまいます。
親の無力感が「人格攻撃」につながることもある
これはあまり語られないことですが、
人格を否定するような叱り方の背景には、親自身の無力感があります。
どうしても子どもが動かない。
何を言っても変わらない。
そんなとき、「手段が尽きた」ように感じてしまうのです。
その結果、「最終手段」として強い言葉で相手を揺さぶろうとしてしまいます。
ですが、これは逆効果です。
子どもはますます閉じてしまい、関係は悪化します。
そして、親も「こんな言い方しかできなかった」と自己嫌悪に陥ってしまいます。
こうした悪循環は、親子のどちらにとってもつらいものです。
「黙ってしまう子」は、心の中でたくさん話している
不登校のお子さんと接していると、「親が何を言っても無反応で、黙っている」という相談をよく受けます。
けれど、それは決して「何も感じていない」わけではありません。
むしろ、心の中では、ものすごく多くのことを考えている場合が多いです。
「どうせ僕なんか」
「もう何を言われても意味がない」
「これ以上怒られたくない」
そんな言葉が、頭の中をぐるぐるしていることもあります。
だからこそ、叱るときの言葉には配慮が必要です。
沈黙しているからといって、「響いていない」と思わないでください。
むしろ、その沈黙は傷ついているサインかもしれません。
「性格」を直そうとしなくていい
よくある相談に、「うちの子は根がだらしないんです」とか、「もともと性格が内向的だから」という声があります。
でも、性格を変える必要はありません。
性格は「生まれ持った気質」と「環境による形成」の両方で決まります。
そのため、急に変えることはできませんし、無理に変えようとすると、子どもは自己否定を強めてしまいます。
大切なのことは、「この子はこういう傾向がある」と理解し、うまく付き合っていく視点です。
たとえば、「忘れ物が多い」子なら、「持ち物チェックリスト」を作って一緒に確認する。
「人前で話すのが苦手」な子なら、「無理に発表させない代わりに、書いたり描いたりで表現する場を作る」
こうした工夫の方が、子どもの力を伸ばし、自信も付いていきます。
「変えたい」と思うほど、空回りするのが子育て
育児でよく起きるのは、「よくしたい」という気持ちが強すぎて、空回りしてしまう現象です。
たとえば、
- 「ちゃんとしてほしい」
- 「困らないように育てたい」
- 「このままだと将来が心配」
という気持ちから、強く叱ったり、厳しく指導したりしてしまう。
でも、それが裏目に出てしまうことがあるのです。
子どもは、「うまくやれない自分は受け入れられないんだ」と感じてしまいます。
ここにある矛盾が、親としてのつらさでもあります。
「責任感」ではなく「信頼感」で向き合う視点を
親子関係で大事なのは、「責任感」よりも「信頼感」です。
もちろん、親には子どもを守る責任があります。
でも、その重さに引きずられて、「失敗させてはいけない」「ちゃんとさせなきゃ」と思いすぎると、
子どもとの関係が「監視と指導」になってしまいます。
それよりも、「この子はきっと、タイミングが来れば動き出す」と信じること。
そして、できる範囲で寄り添うこと。
そうした姿勢が、子どもには強い安心感として伝わります。
「親だからこそ」の難しさを、もっと認めてもいい
最後に一つ、お伝えしたいことがあります。
それは、「親だからこそ、できないこともある」ということです。
他人の子には冷静に対応できるのに、自分の子にはどうしても感情的になってしまう。
そういう経験、ありませんか?
それは、親子が「近すぎる関係」だからこそ起こる自然な反応です。
自分のこと以上に心配で、自分の人生のように感じるからこそ、冷静になれない。
これは、親として「失格」なのではなく、それだけ本気で子どもに向き合っている証です。
終わりに:子どもを“傷つけない”選択
今日お伝えしたかったのは、「叱るときに人格や性格を否定してはいけない理由」は、ただ優しさの問題ではなく、子どもの自己評価を守るために不可欠なことだということです。
子育ての中では、うまくいかないこともたくさんあります。
言いすぎたと感じることも、感情が爆発することも、誰にでもあります。
でも、「子どもを変えよう」と思い詰めるより、「自分の言葉が、この子の心をどう形づくるか」を意識するだけで、関係性は変わっていきます。
叱ることで子どもが育つのではなく、傷つけずに関わることが、成長の土台になります。
子どもを守ろうとするよりも、まず「傷つけない」という視点から始めてみる。
それが、親の向かうべき姿ではないでしょうか。
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