子どもを褒める時は上からではなく横から

こんにちは。再登校支援トーコの竹宮と申します。臨床心理士として10年以上、不登校のご家庭の支援を行ってまいりました。

今日は、不登校支援の現場で頻繁に語られながら誤解されやすい、「褒める」という行為についてご紹介します。

多くの育児書やアドバイスでは、「自信を失っている子供を積極的に褒めましょう」という言葉が並んでいます。しかし、この「褒める」という関わり方が、かえって子供を追い詰めている場面に遭遇してきました。

なぜ、良かれと思って投げかけた肯定的な言葉が、子供の足を止めてしまうのでしょうか。

その理由を紐解きながら、親子関係を「評価」から「共感」へとシフトさせる方法を探っていきたいと思います。

目次

「褒める」という行為に隠された支配の構造

不登校の状況にあるお子さんを持つ親御さんの多くは、子供の自己肯定感を高めるために褒める材料を探していらっしゃいます。

朝起きられたこと、食事を完食したこと、あるいは少しだけ机に向かったこと。

こうした日常の些細な行動を見逃さず、明るい声で「偉いね」「よくできたね」と声をかけることが正解だと信じているからです。

もちろんプラスに働くことも多いですが、ここで改めて考えたいことは、褒めるという行為には、常に「評価者」と「被評価者」という上下関係が存在してしまう実態です。

垂直な関係がもたらす依存の心理

心理学的な観点から言えば、褒めるという行為は、上位者が下位者に対して下す評価に近い性質を持っています。

大人が子供を褒める時、そこには無意識のうちに「私の期待する基準をクリアした」というメッセージが含まれてしまいます。

これは「垂直な関係」に基づくコミュニケーションであり、子供はこの枠組みの中で、親の顔色を伺いながら行動するようになります。

例えば、お手伝いをした子供に対して「偉いね」と声をかけ続けると、子供の関心は「誰かの役に立ちたい」という内発的な欲求から、「褒められたい」という外発的な報酬へと移り変わります。

これは、自分の行動の決定権を他人に委ねる「依存」の始まりになりえます。

依存は自律心の天敵

自律心とは、自分の意志で自分を律し、行動を選択していく力のことを指します。

ところが、褒められることに依存してしまった子供は、親が褒めてくれない状況では動けなくなってしまいます。あるいは、褒められる見込みがない挑戦を極端に避けるようになり、失敗を恐れる完璧主義的な傾向を強めてしまいます。

不登校のお子さんが、新しい一歩を踏み出すのを怖がる背景には、こうした「評価されることへの恐怖」が潜んでいることが少なくありません。一度褒められて成功体験を得てしまうと、次はそれ以上の成果を出さなければならないという無言の圧力を感じてしまうのです。

これはアドラーの提唱する「勇気挫き(くじき)」と呼ばれる状態を引き起こし、子供の自発的なエネルギーを枯渇させてしまいます。

「褒め」が「勇気挫き」に変わるメカニズム

「褒めることが子供のやる気を奪う」という指摘は、直感的には受け入れがたいかもしれません。多くの親御さんは、子供の喜ぶ顔が見たくて、そして少しでも前を向いてほしくて言葉を選んでいるはずです。

しかし、児童心理学の知見に照らし合わせると、評価としての称賛は、子供の内面にある意欲の方向性を歪めてしまうリスクを持ちます。

条件付きの肯定が招く不安

「素直な良い子だから褒める」「勉強をしたから褒める」という接し方は、子供にとって「そうでなければ価値がない」という裏返しのメッセージとして機能することがあります。

これを「条件付きの肯定」と呼びますが、不登校という、社会的な期待に応えられない状況にいる子供にとって傷つきやすい声かけになりえます。

親がポジティブな言葉を投げかければ投げかけるほど、一部の子供は「今の、何もできない自分」とのギャップに苦しむことになります。

親の期待に応えられない自分を責め、さらに深く殻に閉じこもってしまうという負の連鎖が生まれてしまうのです。

褒め言葉が「操作」として伝わる時

子供は非常に敏感に、大人の意図を察知します。親が「褒めることで、子供を学校へ誘導しよう」という意図を持っている場合、その言葉はもはや励ましではなく、期待という操作として伝わります。

操作されていると感じた子供は、無意識のうちに反発心を抱くか、あるいは自分の感情を麻痺させて親の期待に応えようとします。

本来、家庭はありのままの自分でいられる安全地帯であるべきです。しかし、そこに常に「評価」の目が光っているとすれば、子供は家の中でさえ息を抜くことができなくなります。これが、不登校が長期化する一因となっている場合も多いのです。

横の関係を構築する「勇気づけ」

では、親としてどのような言葉をかけるのが正解なのでしょうか。「褒めること」に代わる新しい視点として、「勇気づけ」というアプローチがあります。これは、相手を評価するのではなく、対等な立場でその存在を認め、共感を示す関わり方です。

評価ではなく「事実」を言葉にする

まず取り組んでいただきたいのは、評価の言葉を捨て、目に見える事実をそのまま口にすることです。

例えば、子供がリビングに降りてきた時に「すごいね」と言う必要はありません。「あ、起きてきたんだね」という事実の確認だけで十分です。

これは「私はあなたのことを見ているよ」というサインであり、そこには何の評価も含まれていません。

子供は自分の行動を評価されることなく、ただ存在を認められているという安心感を得ることができます。この安心感の積み重ねこそが、自律的な行動を引き出すための土台となります。

「アイ・メッセージ」で気持ちを伝える

次に、自分の感情を主語にして伝える方法があります。これを「アイ・メッセージ」と呼びます。

「(あなたが)片付けてくれて偉い」という「ユー・メッセージ」ではなく、「(私は)部屋が綺麗になって気持ちが良いな」と伝えるのです。

この伝え方の最大の特徴は、子供を評価の対象にしていないという点にあります。あくまで親自身の感想を述べているに過ぎないため、子供はそれをプレッシャーとして受け取ることなく、自分の行動が周囲にどのような影響を与えたかを知ることができます。

自分の行動が他者の幸福に寄与したという実感は、健全な自己効力感を育みます。

期待を一度手放す

親が子供に抱く期待は、愛情の一側面であることは間違いありません。しかし、その期待が子供を縛る重りになっているのであれば、一度それを横に置く勇気が必要です。

子供が何者かになることを期待するのではなく、今この瞬間に生きているその姿を「横から」眺める姿勢を意識してみてください。

共感的理解の重要性

不登校の解消において大切なことは、子供の苦しみを「分かろうとする」姿勢です。

解決策を提示したり、無理に前向きな言葉をかけたりすることではありません。

子供が抱えている葛藤や、言葉にならない不安に寄り添い、「それは辛いよね」という共感の場を共有することです。

評価のない空間で、自分の感情をそのまま受け止めてもらえる経験は、子供にとって救いとなります。

心が十分に満たされた時、子供は自然と自分の内側から湧き上がる力に気づき始めます。

その力は、誰かに褒められるために使われるものではなく、自分自身の人生を切り拓くために使われるエネルギーです。

褒めることは間違いではない

こうしたお話をすると、「今まで間違った褒め方をしてしまった」と自分を責めてしまう親御さんもいらっしゃいます。しかし、子育てに正解はありません。褒めて励ますことがまっすぐに自尊心に繋がるケースもあります。

後悔する代わりに、今日から少しだけ視点を変えてみることを試してみてはいかがでしょうか。

「上から」評価するのをやめ、「横から」そっと寄り添う。その微かな変化が、お子さんの心に新しい刺激を与えます。

急ぐ必要はありません。少しずつ、家庭内の空気を「評価」から「信頼」へと入れ替えていきましょう。

評価が子供の内面に与える影響

ここまででは、褒めるという行為が上下関係を生み出し、自律心を損なうリスクについてお話ししました。

以降はさらに踏み込んで、評価を受ける側の心理的メカニズムを解説します。

人間には、自分の行動を自分で決めたいという自己決定性という根源的な欲求が備わっています。

しかし、親からの賞賛が繰り返されると、子供の意識は自分の内面から、親の反応という外部へと移り変わります。

これは心理学において外発的動機の強化と呼ばれ、自発的な意欲を減退させる要因となります。

「条件付き自己肯定感」という脆い土台

褒め言葉によって育まれる自信の多くは、実は非常に不安定な「条件付き」のものです。

「何かができた自分には価値があるが、できない自分には価値がない」という思考パターンが定着します。

不登校という、社会的な期待に応えられない状況に置かれた子供にとって、この思考は致命的なダメージを与えます。動けない自分を「価値のない存在」だと断定し、さらに深く無気力な状態へと沈み込んでしまうからです。

本来、自己肯定感とは、何かができるかどうかに関わらず、自分の存在そのものを認める感覚であるべきです。

しかしながら、多くの親御さんは、子供の「成果」に対してのみ肯定的なフィードバックを与えてしまいます。

テストの点数、出席日数、あるいは朝起きられたかどうか。

これらはすべて、子供の「Doing(行動)」に対する評価であり、「Being(存在)」に対する承認ではありません。

多くの子供が必要としているのは、何も生み出さない自分であっても、ここにいて良いという感覚です。

それは誰の課題なのか

不登校の支援において、心理学の「課題の分離」という概念は重要な指針となります。

これは、ある問題が最終的に誰に帰結し、誰が責任を負うべきかを明確に区別する考え方です。

学校に行くか行かないか、勉強をするかしないかは、究極的には子供の課題です。

親がこの課題に踏み込み、褒めたり叱ったりしてコントロールしようとすることが、親子関係をこじらせる原因となります。

親にできることは、子供の課題を肩代わりすることではなく、子供が自分の課題に向き合えるよう援助することだけです。

支援と干渉の境界線を引く

親御さんが「褒める」という手段を選ぶ時、その心の奥底には「子供を正しい方向へ導きたい」という願望があります。

この願望自体は尊いものですが、行き過ぎればそれは「干渉」へと変貌します。

干渉とは、相手の領域を侵害し、自分の思い通りに動かそうとする支配的な行動です。

これに対して、本当の意味での「援助」とは、横の立場で相手の意思を尊重し、必要な時にだけ手を差し伸べることです。

この境界線を明確に引くことが、不登校解決への第一歩となります。

親が自分の感情や期待を側において、共に過ごす家族として振る舞う時、子供は初めて自分の行動を客観視できるようになります。

自分の行動を親の反応から切り離すことで、子供は「自分はどうしたいか」という自問自答を始めるのです。

期待の源泉を見つめる

親が子供に寄せる期待は、しばしば子供への重圧となります。

「学校に戻ってほしい」「他の子と同じように生きてほしい」という願いは、子供の現状を否定することと表裏一体です。

褒めるという行為に、この期待という要望が混ざると、それは子供の心を縛る鎖になります。

親が期待を捨てきれない限り、どんなに優しい言葉をかけても、子供はその裏にある「要求」を敏感に感じ取ります。

まずは親御さん自身が、自分の不安や社会的評価からくる期待を整理し、それを一度しまい込むことが求められます。

褒めることと「認める」ことの違い

それでは具体的にどう子どもに接していけばいいのでしょうか。

キーワードとなるのは、「認める」ということです。

認めるという行為には、相手に対する評価やジャッジメントが含まれません。

ただ、そこに存在することを喜び、その変化を共に分かち合う姿勢のことです。

プロセスへの注目と共感的理解

結果が出た時だけ声をかけるのではなく、試行錯誤しているプロセスそのものに注目してください。

例えば、子供が何かを描いている時、「上手だね」と言う必要はありません。

「ここは青い色を選んだんだね」「細かいところまで描いているね」と、子供が見ている世界を一緒に眺めるのです。

これは心理的な「共同作業」であり、子供は自分の興味関心が親に共有されていることに深い喜びを感じます。

この共感の積み重ねが、折れない心の土台を作ります。

また、子供がネガティブな感情を漏らした時こそ、横の関係を築くチャンスです。

「学校に行きたくない」「自分はダメだ」という言葉に対して、否定も励ましもせず、ただ受け止めてください。

「そう思うほど、辛いんだね」と、子供の感情に寄り添うことが重要です。

評価されない安全な場所で自分の感情を言葉にできた時、子供の心には、自分の課題に向き合うための準備が進みます。

「偉いね」ではなく、「ありがとう」

「偉い」という言葉の代わりに推奨される言葉は「ありがとう」という感謝です。

感謝は、対等な人間同士の間で交わされる承認の言葉です。

「ゴミを出してくれてありがとう」「一緒にご飯を食べてくれて嬉しい」といった言葉は、評価から離れて子供と繋がることができます。

子供は自分が家族の一員として役に立っている、貢献していると実感することができます。

この「貢献感」こそが、自己肯定感であり、外向きな活動のエネルギー源となるものです。

親自身のメンタルケアと価値観の再構築

視点を変えて、子供への接し方を変えるためには、親御さん自身の内面的な変化が必要な場合があります。

なぜ、私たちはこれほどまでに子供を褒め、評価し、コントロールしようとしてしまうのでしょうか。

それは、子供の不登校という事態を、自分自身の「子育ての失敗」として捉えてしまっているからです。

私自身もそうでしたが、世間の目や自分の理想とする親像に縛られているからこそ、子供を早く「正常」に戻したいと焦ってしまう気持ちは中々無くすことはできません。

不安を言語化し、客観視する

親御さんが抱く不安は、放っておくとどんどん肥大化し、子供を飲み込んでしまいます。

まずは、自分が何を恐れているのかを紙に書き出すなどして、言語化してみてください。

「将来どうなるのか」「近所の目が気になる」「自分の育て方が悪かったのではないか」。

こうした不安を直視し、一つずつ整理していくことで、子供の問題と自分の問題を分けることができます。

親が自分の不安を自分で処理できるようになれば、子供を評価や操作で動かそうとする衝動は自然と収まります。

まとめ

不登校の支援において、親が「評価者」であることをやめ、一人の「共感者」として子供の隣に立った時、状況は動き始めます。

褒めることで子供を動かそうとするのは外部から燃料を注ぎ続けるようなものです。

それに対して、勇気づけによって子供の自律心を育むのは、子供自身の心の中に小さな火を灯すような作業です。

最初は頼りなく見えるかもしれません。

しかし、その火は誰に強制されたものでもなく、子供自身が自分の人生を歩むために灯したものです。

「上からではなく横から」という視点の変換こそが、お子さんが再び自分の足で歩き出すための、現実的で力強いサポートになります。

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